劣化する宗教家

昨年北海道で起きた交通死亡事故で、砂川事件というものがあったのをご記憶だろうか。

2台のクルマが競う会うようにして公道を高速で走り、信号無視で死亡事故を起こしたというもので、後続の一台は被害者を引きずって死亡させている。

この事件の裁判員裁判が始まったのだが、被害者の遺族は『極刑を望む』としている。

ところが死刑制度に反対するひとりの尼僧が『殺したがるバカものども』という表現で社会に波乱を招いた。

山口の光市における『母子殺人事件』においては、弁護団が死刑判決を激しく批判したものの、大阪府知事になった橋下氏が異を唱えた。

死刑という制度の正当性は今後も議論を尽くさなければならないと思うが、『殺したがるバカもの』という表現は幼稚に過ぎる。

それは死刑制度を維持しようとする制度に向けるものであって被害者の意識にはタッチしていないといった尼僧の声があがったが、宗教家とすれば失格だ。

政治(まつりごと)の以前として、人々の心に触れることが宗教だからだ。

被害者の『殺したがる』気持ちには触れていないとするのであれば、今すぐに法衣を脱ぐべきだ。

法律は人々の暮らしを決めるルールであるけれど、宗教とは人の心の問題だからだ。

キリスト教や仏教でも、政治が責めたものでさえ、救いを差しのべるのが宗教であったはずだ。

彼女は何を勘違いしているのだろう。

国連の人権擁護委員会の価値観が正しいと言いたいのだろうか。



それ、宗教じゃありませんから。





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