『馴れ合い』の終焉

酒を飲むのが好きだから・・・って、これは「遊ぶカネ欲しさ」の引ったくりの言い訳じゃないよ、富山市議会議員の言い分だからね、笑う気すらうせてしまう。

これまで当然のようにして来たから、今後も何の疑いもなくやってしまう。

役人が「前例がない」ことを理由にして、改革めいたことに抵抗するじゃない。裁判所が「判例重視」をするのと同じ。「何人殺さないと死刑にできない」って、(正気か?)と疑いたくなる。

悪いことだと知っていても、警察までが裏金をキープして、仲間内の飲み会なんかの資金にする。

年末年始になると地元の消防団が鐘の音を鳴らしながら夜回りするじゃない。あれって特別手当が出るから、出初式の打ち上げの酒代を稼いでるんだとさ。

生徒たちに特定の高額な運動服とか着せて、教職員が出入りのスポーツ用品店と癒着するって昔からある有名な話だ。学校指定のジャージなんかすごく高いよ。

学校に出入りする写真スタジオにしてもそう。卒業アルバムの納入が独占できるから、運動会とか修学旅行とかのスナップ利益は職員室に還元される。そうやって利権が確立されてゆく。

先輩たちがやって来たことだから、我々も後輩もそれをやり続けなければならない、って、その感覚が豊洲の謎を産んだ。



でもね、これから先もずっとそれが通ると思ったら、世間の流れに疎すぎるんじゃないかな。

富山市議会じゃないけど、これまでのやり方が次々と暴露されつつある。時代の流れがそっちへ向いているってことを「知りませんでした」は通らない。

横浜の病院の点滴殺人事件も、これまで何十人の犠牲者が出ていたか調べようがないと言う。「病死」で処理されて火葬されているからだとさ、恐ろしい話だ。たぶん似たような事件は全国の病院でも起きていたかも知れない。だけど明確にステージが変った。もうこれまでの方法は通らなくなった。

私が子供の頃に、金属製のモデルガンは黄色く塗って銃口をふさがないといけなくなったことがある。改造拳銃を作る輩が現れたから。

世の中の規制はそうやって、後手ではあるけど執られて来た。

「これまで通用して来た方法だから、今後も通用するはずだ」と考えるのはそれは本人の自由だけど、世の中そんなに甘くない。

「水清ければ魚棲まず」と言ったのは昔の話。ネコババ(糞を隠す)はいずれ表面化する。築地の放射能マグロのように。

「天網恢恢疎にして漏らさず」という言葉がある。

糞尿を海洋投棄して知らん顔するどこかの国とは違うのである。




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