ジェラシー

Emperor (エンペラー)とは皇帝もしくは天皇のことを指し、日本とかつての中国(清国まで)は存在していた。

しかし朝鮮はモンゴル帝国や清朝から柵封(さくほう)されていたために天子ではなく王(King)しか置けなかった。ソウルに南大門とか東大門とかがあるが、あれは朝鮮国王の権威を示すものではなく、宗主国からの使者を歓迎するための建築物だ。池に落ちた犬は叩くという朝鮮族も飼い主に尻尾を振ることは忘れなかった。

国家元首の地位を山の高さに例えるならば日本と中国は高く、朝鮮は低い谷間を形成していた。

しかし朝鮮は清朝などに柵封されていたので、世界で二番目を自負していた。だから三番目やその下を「野蛮な国」「野蛮な民族」と位置づけた。

朝鮮族の他民族に対する見下げる態度はそこから来ていて、しかも彼ら朝鮮民族自身はそのことを当たり前だと思い込み、また教えられて来たからこそ東南アジア諸国や台湾などで様々なトラブルを起こしてしまっている。

日本人の中にも一部「天皇制を廃止せよ」と主張する団体がいるが、あれは朝鮮から見た場合に都合が悪いから。

本家だった清朝の皇帝陛下が国民党軍によって紫禁城から追い出され、残るは日本の天皇陛下だったのだが、マッカーサーは李承晩の希望を無視した。

宗主国にエンペラーがいなくなったのに日本には天皇が居続ける。そのことが我慢ならないわけだ。

皇帝と言えば、ローマ皇帝とかロシア皇帝、あるいはフランス皇帝や満州国皇帝などがいた。それに比べれば王の地位は比較にならないほど低い。

それはヨーロッパ各国がまだ群雄割拠していた頃に各地の領主らが砦を兼ねた住居を「城」として建造し、みずからを「王」としたことから始まる。

だから文官と武官の両方を持った者が統治力と武力を備えれば、出自が何者であろうと王にはなれたわけだ。朝鮮では文官と武官の二つのことを両班(リャンバン)と呼ぶ。

しかし皇帝になれば話は全然ちがう。出自が何者であろうと、というわけにはゆかないのだ。

そこには血筋というものが重要になっていていわゆる家系だ。

権力者がその点に重要性を置いた時から「スクラップ・アンド・ビルド」は起こらなくなった。

中国の歴史が「朝廷の造り替えの歴史だ」という意見があるが、その一つ一つの朝廷は何百年と続いている。もっとも日本の場合は群雄割拠だった中で、大和朝廷が統一させてからというもの征夷大将軍は代わっても天皇家は(途中いろいろあったが)一つの流れを保っている。




日本の天皇制のことを好きな人もいれば嫌いな人もいる。どっちもあって良い。無理に意見をひとつにしようとするから社会がおかしくなる。

ただし、「過去と他人は変えられないが、明日と自分は変えられる」という言葉があるように、過去すなわち歴史は変えることができない。天皇家を好きな人も嫌いな人も歴史的事実だけは受け入れなければならない。

西暦で言う2016年の今年は、神武天皇の即位から起算して2676年にあたる。

昭和とか平成とかの年号と西暦の使い分けが複雑なので日本式の年号を廃止しようと文部省内で議論されたことがあった。

しかしその考えがいかに安直だったかを各方面から指摘され、結局は立ち消えになった。キリスト教国でもない日本が、なぜキリスト生誕を紀元としなければならないのかと。

漢字教育を廃止してはどうかといった声はいまだに日教組の内部から聞こえて来る。

ほら、だんだんわかって来たでしょう?

日本の年号を廃止し、漢字教育を止めるということと、天皇制反対という声の根っこは同じところから出ているんだよね。

つまり日本にはあって朝鮮にないものがいくつでもある。そのことがたまらなく不満なわけ。

「反日なんかじゃないよ。韓国人は日本が大好きだよ」とそんな話が最近になって急激に増えて来た。しかし騙されてはいけない、この「日本憎し」という感情の発端は「嫉妬」から来ている。「我々が逆立ちしても持たないものを、野蛮な民族の日本人が持っている」という。



わかって来たと思う。

「沖縄から米軍は出て行け」「安保関連法案絶対反対」「靖国神社参拝反対」「天皇制反対」「国旗・国歌反対」これらぜんぶ韓国の嫉妬心から来ていることだと気付けばすべての説明がつく。

なぜ日米韓同盟があるのに朴大統領が中国の戦勝パレードに出席したか。いまだに宗主国だと思い込んでいるからでしょう? 大中華の下の小中華でいたいわけ。 だから野蛮国を訳もなく攻撃し続ける。台湾やタイもフィリピンも同じ。

もしかしたら朴さん、キンペーのことをエンペラーだと誤解してるのではないだろうか。

あ、それ、まったく違うから・・・




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