東京都知事の釈明会見

東京都知事が激しい批判の矢面に立たされている。

知事と言えば沖縄県知事もそうだし、県民無視だと言われ続けているのは鹿児島県知事もそうだ。

干拓地の閉め切り堤防を開門しないのは農民への保護だと訴えている長崎県知事は、一方でダム建設のために地元で農業を営む地権者へ立ち退きを要求している。

政令指定都市である神戸市は、進む高齢化で人口減少に頭を抱えている。国からの交付税がそれだけ減るからだ。
神戸市はすでに九州の福岡市に順位を譲った。目の前に迫っているのは団塊の世代の「後期高齢者」化だ。

こうした(東京も含めた)地方自治体が抱える諸問題は少なくないのだが、現実的には首長に人材が集まっていない。

学校の社会科で習うのが「三権分立」であり、司法・行政・立法なのだが、司法試験に合格し修習過程を終えると判事か検事か弁護士かを選ぶことができる。司法資格は一生ものだから、判事あがりの弁護士などというものもある。ガソリンを大量に買ったとかいう民進党のおばさんも、選挙に落ちたら弁護士でもすることができるわけだ。

だから「三権」の内の司法はわかり易い。
その一方で行政と立法が混同されがちになることがある。

例えば舛添東京都知事がヨーロッパへ出張した際に総勢20人という「大名行列」をやらかしたと騒がれたが、その随行員らを都議会議員と勘違いしている人々がいる。
ちがう。
議員を連れて行ったのではなく、都庁の職員、いわゆる役人を随行させたのだ。

地方自治体でも国会でも同じだが、議員は選挙で選ばれる。しかし役人は試験で選ばれる。
どっちも本人が望むことによって成り立つ職業なのだが、議員には任期という縛りがあるのに対して役人は様々な保護策が講じられていて、一度役人になったらちょっとやそっとでは免職にすることができない仕組みになっている。

そこで本文の始めに戻るのだが、役人になりたがる人間が増える一方で、政治家を目指す有能な人材が急減しつつある。
早い話が、政治家を志す人間が少なくなっている。このためにスネに傷を持ったり、叩けば埃が出るような胡散臭いのがしゃしゃり出て来ることになる。民主主義の代表であるアメリカでさえがトランプのような候補者しか出て来ない。

現在の安倍内閣はここ数十年でも割と組閣が上手だとは思う。しかし自民党も含めて、国会議員の質はここ数十年で最低レベルではないだろうか。何だあの安保関連法案の審議の際の騒ぎは。

そこへ来て不倫だのガソリンだのとやっている。国民の政治不信を煽っているようなものではないか。

しかし日本が民主国家である以上は、政治のレベルは国民のレベルでもあるわけだ。日本の政治が悪ければ、もっと有能な国民が立候補すれば良いのにも関わらず、誰も手を挙げようとしないからゴミのようなのが集まって来てしまうことになる。

さらにまた、国民や市民のことよりも自分の利益を考えるような役人(官僚)が地方自治体の首長になるパターンが多い。

原子力発電所がある県の知事は経済産業省の出身者が少なくない。政治経験がなくても行政経験、すなわち利権の何たるかさえわかっていれば知事になれるのだ。
「そんな人物はごめんだ」と言うのであれば、もっとマシなのが立候補すれば良いものを、地元の自民党県連とか旧民主党県連とかが、地元の商工会や労組などの利権とがっちりタッグを組んでいるから橋下徹のような変わり種はなかなか芽を出すことがない。

しかも内閣には閣僚がいるが、知事は独占だから多くの「独断」が許されることになる。

都知事が何をやっている? 沖縄県知事はどう? 鹿児島県知事は県民から好かれてる?
勝手放題が許されているのが知事職であって、その点では安倍さんも羨ましく思っているのではないだろうか。

それもこれも全部「我こそは」という志のある正義漢が出て来ないのが原因だ。

阿羅漢(あらかん)あるいは羅漢(らかん)という言葉があり、これは仏教における「尊敬に値する聖者」を意味しているんだが、現代日本においてはそのような人材は政界に行こうとはしない。

政治、特に行政には多くの利権が絡みついていて粘りつくような泥沼に足を踏み入れるだけの魅力を覚えない者は、最初から近づこうとしない。
だから次第に戦後日本の行政は透明度を落として来ていて、もはや限界に達しているかのように私には思える。

日本人の民度が下がって来ていると言うよりも、純粋な者が政治家を志さなくなり、不純な者が役人を志すようになったのではないか。

最初から不純な者などあまりいないだろうことから、役人になることで次第に不純になって行くのではないだろうかとも思える。

国民・市民のために働こうと高貴な目標を持って役人になっても、「清濁併せ呑む」だの「水清ければ魚棲まず」などといった言い訳にズルズルとからめ取られて行くのが経済成長のピークに立った日本の役人だったのだろう。





「舛添が嫌ならもっとマシなのを出せば良いだろう、東京都民よ」という声が聞こえて来そうだ。
どう答える?
「だって、誰もなり手がいないんだもん」そう言うしかあるまい。
だったら飛行機のファーストクラスくらいで騒いではいけない。

「戦争法案反対」という輩が、背後で薄ら笑いをしているよ。
舛添都知事を「ちからいっぱい」に攻撃してるのは、誰?
BSフジであり、朝日デジタルじゃねぇか、見え見えだ。




大阪の橋下さんが「土下座か辞任か」と引導を渡したが、舛添は13日の会見でも言い訳を繰り返すばかりだった。「朝鮮飲み」を見せながら。

この言動への世間の批判は強まることはあっても下火になることはあり得ない。
いくら何でもそれくらいは本人もわかるだろう。

その上でなぜ言い訳を繰り返すしかないのか。私の推測では、公明党ではなく、安倍内閣の官邸からそうした指示が下りたものと思われる。

今ここで舛添に辞任されては、野党に利することがはっきりしているからだ。舛添の存在は自民にとって何も価値はないけれど、彼が去ることによって共産は勢い付くことになる。宇都宮さんを再登場させれば良いのだから、クリーンな人権派と銘打って。
舛添が嫌われれば嫌われるほど、本当は野党に都合が良くなるというわけだ。

スケジュールを見てものごとをとらえれば、民進党や社民や共産には、もうこれしか手段が残っていないのである。
13日の釈明会見を見て、宇都宮さんは知事公舎への引っ越し準備をしてるかも知れない。
田母神さんが終わったのは、そのための布石だったのさ。

2年後に自民党が理想的な知事候補を立てるには舛添の続投しか見当たらない。ただ、次期に立つ者がいたらの話だが。「我こそは」と言う者が出ればの話だが。

もし舛添が政治資金規正法違反で公民権停止になったら、民進党と共産党は一気に動き出すよ、間違いなく。
新聞やテレビの論調の反対を読めば、世の中が見えて来る。
それこそ「民意誘導」なのだから。

さぁ、私は右でしょうか左でしょうか。いいえ中道です。



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