民意のセオリー

精神科医の香山なにがし(ペンネームであって医師としての本名は明かしていない)が自由な発言や文筆活動を続けている。

それはそれで結構なことだと正直に思う。言論の自由を保障されている国が日本だからだ。それを禁じてはどこかの「お困りの国」と同じレベルに落ちてしまう。

ただし同一視してはならない団体ならびに個人が、少なくとも二つある。

ひとつは「7人のジャーナリスト」を名乗る連中だ。7人のジャーナリストの名は、田原総一朗、岸井成挌、鳥越俊太郎、大谷昭宏、田瀬康弘、青木理、金平茂紀。

これら(彼らではない)は、主にテレビで露出しているタレントなのだが、日本の放送法では論調を厳しく規制されている。使用される周波数は国民の財産であって許認可制で放送局は使用を許可されているのであって、ナニでも好き勝手にできるわけではない。

このことを高市総務大臣が国会答弁の中で、法規制の説明をしただけでこれらが騒いでいる。

このことは「違法行為を認めろ」と言っているに等しい。偏った主張がしたければ、テレビ・ラジオではなく、規制がかかっていない新聞や雑誌で論戦を張れば良いだけのことで、自分たちが置かれている立場を理解していない。子供の駄々に匹敵している。

「アメリカではトランプ暴言に対し、『ワシントンポスト』は「共和党は総力でトランプを阻止せよ」と呼びかけ、メディアとしての独立性を保っているのに、自分たちを「殺そう」としている高市発言に、マスコミは何一つ抗議しない。」としているが新聞の論調と放送法は根本的に違っている。比較する方がおかしい。それくらいの勉強はして来るべきだ。

さらにケント・ギルバート氏(弁護士=法律家)が公開討論を呼びかけたところ、これらは逃げている。卑怯にもほどがある。

もしジャーナリズムの存続を憂慮するのであれば、「まず放送法を改正しよう」から始めるべきだ。

安倍政権が何をやっているか。現行法では不都合が多すぎるから憲法を改正したい、と言っているのと同じことだ。

そこから手を付けなければどんな理由も通らないのであって、法改正が手続き上面倒だから法規制を無視して「赤信号みんなで渡れば怖くない」つったって通るかよ。そんなんでジャーナリストを名乗ってくれるなよ。

日本は法治国家なのである。法律を無視したジャーナリズムなど成立するわけがない。




もう一人は「ソーリ・ソーリ」で顔を売った辻本清美だ。

あれは国会議員だから公的な責任がついて回る。

安保関連法案の採決の際に手を合わせて議長を拝むポーズを見せていたが、議員は議会で発言するのが仕事であってあんなことをさせるために国民が税金を払っているわけではない。

そもそも日本に米軍基地があるというだけで、すでに「集団的自衛権」は容認されているはずだ。

自衛隊のことを「暴力装置だ」と言った愚かな老人もいたが、「米軍出て行け」と言ってるのは翁長だけじゃないか。

辻本は、香山なにがしという民間人と公人としての自分の区別もつかないらしい。




なんだか幼稚な社会が浮き彫りになっている。

開こうとする勢力と、閉めようとする勢力は、互いにそれぞれの利益がからんでいて、どちらが正しくてどちらが間違っているとは一概には言えない。

ただ、少なくとも民衆が納得するような公開討論はするべきであって、大声をあげながら逃げ回る卑怯者に民意はついて行くことはない。正しいと言うのであれば法的根拠を示してからにすべきだ。




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