昭和の排泄物

以前の掲載記事で平成育ちは危ういという意見を述べたのだが、またもや自民党議員が失言を吐いたらしい。巫女がどうだこうだと言ったとか。

彼らは昭和の世代で、高度経済成長期とともに育ち「先生」呼ばわりされた。

あまり中身がないらしく、たび重なる議員の失言に谷垣幹事長も頭を抱えているそうだ。

これはどういう事かと言うと、「先生」呼ばわりされている間に、自分が本当に「先生」になったかのような勘違いをしているためだ。

よく「世の中には先生がいくつかある」として、教師と医師と政治家が挙げられる。他にも弁護士とか宗教家なども入るが、これらはことごとく胡散臭い商売ばかりだ。

「先生と呼ばれるほどのバカじゃなし」という言葉があるように、ほとんど蔑んだ呼び方だということに、もうそろそろ気付いた方が良い。

十二月の別名を師走と呼ぶが、この場合の「師」とは仏教の僧侶のことを指す。

修業を積んだ人格者でさえが走る回るほど忙しいといった比ゆ的な意味がある。

だから「師」とは自らが名乗るのではなく、周囲がその人格を認めて「師」と仰ぐのが本来の意味だ。

かつての教育現場には、なるほど「先生」と呼んでも差し支えないような人格者が(稀に)いたことは事実だ。

しかし今の学校にはほとんど「先生」はいない。居るのは教科書の中身を解説するだけの案内役だ。

生活指導とか言っても学校の中だけのことであって、通学路や家庭にまで足を延ばす教員は少ない。モンスター何とかがいるらしいから危険地帯に足を踏み込む冒険家はいないということだ。

医者にしても、大学医学部に支払った高額な学費を回収するために、患者を薬漬けにして病院経営を維持しようとする。医学生に尋ねると、心療内科を希望する学生が多いのだとか。口から出まかせで薬を投与することができるからだという。まさか本当ではあるまい。

弁護士は消費者金融の違法利息の取り立てがひと段落したことから、今度は交通事故の示談に口を出そうとしている。これってどこかで聞いた話だ。そう、アメリカの救急病院には仕事がない弁護士がたむろしていると聞いたことがあった。

司法試験に合格するためには、何年も冷や飯を食わされた連中だ。こっちもやはり元を取ろうとしているだけだ。

法律家が社会正義のために働くという夢物語は通じない。だったらなぜ彼らの多くが反社会的な左翼思想に走るのか。

これらには明確な矛盾点がある。

しかし一方で代議士には何があるかというと、ただの名声だけであって内容的な裏付けがほとんどない。

逆に人格的な欠陥品が国会や県議会、市議会などに集中しているように思えてならない。

なぜ彼らは腐敗するのか。カネが動くからだ。

いみじくも長崎選出の自民党議員のKが国会質問をしていたが、彼が県知事をやっていた頃に何をやったかと言うと、干拓でしょ、橋でしょ、道路でしょ、土建業の利益ばっかりやってた政治屋。

そのKが国会で何を言ったかというと、「地方には公共事業が足りない。もっと道路建設を」。バカだわこいつ。

干拓工事で得られた農地に、自分の子供が優先的に入植した騒ぎを忘れたのか。

県庁では百条委員会だ何だと言って大騒ぎになったじゃないか。

よどんだ水は腐れる。それが今の自民党であり、昭和世代の政治屋の中身のなさなんだろうと思う。

失言だらけの自民党と言い、どこへ行きたいのかさっぱりわからない民主党と言い、国民の政治離れは加速するように思えてならない。

民主党の議員も「睡眠障害にしてやる」とか言ってたし、この国の政治屋はレベルが低い。これって中国にとったら願ったり叶ったり、だよなー。

常識的な政党って、あそこしかねぇか・・・・






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