軍艦島の真実

あのさ、長崎の軍艦島のことなんだけど、正しくは三菱鉱業(現、三菱マテリアル)が操業していた端島炭鉱という名称で、併合後の朝鮮人労働者多数が雇用関係で働くほか、日中戦争時の中国人捕虜の強制労働がおこなわれていたところなわけ。

朝鮮人の集団移入は昭和14年頃から本格化していて、日本人と朝鮮人との当時の関係は「経営者と従業員」のようなものだったから、朝鮮人は仕事を求めて働きに来ただけのこと。

当時の日本は国民のことを「天皇陛下の子供」とみなしていて、併合した以上は朝鮮人も国民だという扱いをしていたわけ。だから日本式の名前も名乗らせたし自由往来も学校教育も許可している。

だから一般的に言う「植民地支配」というのは、日本と朝鮮の間にはなかった。それは台湾も同じ。

植民地にダムを造ったり学校を建てるバカがどこにいる。

台湾ではたび重なる地震災害で、日本統治時代の建築物は倒れないのに、蒋介石率いる国民党軍が建てた建物は跡形もなく倒壊したと言っていた。

長崎の酒場で隣り合ったおじさんが言っていた。

「僕は若いころ今の北朝鮮で水力発電のダムを造ってたんだよ。あのでっかい発電用タービンは当時世界一だった。全部置いて来たけどね」




「強制連行・強制労働」というものは朝鮮人ではなく中国人捕虜に対して課せられた。

それら捕虜を虐待した中には、日本人に混ざって朝鮮人もいたことだろう。立場的にはそっちなのだ。

軍艦島には多数の従業員住宅があって海水淡水化装置による共同浴場などもあった。それらの福祉は朝鮮人従業員に対するものであって、自由意志による就職でやって来た人々なのである。

しかし中国人捕虜の扱いは違っていて、当然管理は日本軍によるものだったから隔離されていたわけだ。

日本が敗戦となって捕虜が解放された後で、中国人労働者やその家族らが損害賠償訴訟を長崎地裁に起こした。地裁は損害賠償は請求権の期限が過ぎているとして却下したものの、強制連行と強制労働の不法行為については認定している。

繰り返すが、これは中国人捕虜のことだ、朝鮮人ではない。なぜならば、当時の朝鮮人は「日本国民」だったのだ。犯罪者でもない限り、強制連行される理由がない。(学徒動員や挺身隊は別)

大東亜戦争が終結し、中国人捕虜は帰国し、朝鮮人も帰国した(ことになっている)。

と同時に満州や朝鮮から引き揚げて来る日本人が入れ替わりに入って来ることになり、特に軍艦島から取れる石炭が強粘度の優良炭だったことも手伝って戦後経済の復興に役立った。

日本人引揚者の大切な「職場」になったわけだ。炭鉱夫は高給取りだったから。宿舎はタダ、風呂は24時間、映画館や酒場もあった。見方によったら天国だ。

朝鮮戦争が始まる前後に、韓国ではアカ狩りと称する共産主義の取り締まりが厳しくなったことから、済州島などの人々が西日本に難民として押し寄せた。

それらの一部が九州の炭鉱へもやって来た。仕事があるからだ。

ところがすでに日本の炭鉱は日本人労働者によって再建されていたために、生活習慣や勤労姿勢などで朝鮮人とは多くの食い違いが出て来た。

どちらが良いか悪いかというのではなく、両者があまりにも違いすぎるのだ。しかし日本企業の職場であり、日本なのだから日本に合わせてもらわなければ仕事がスムーズに回らない。

そこで軍艦島に残っていた、中国人捕虜用の折檻部屋(島の南端にあった囲い)が朝鮮人の労働放棄であるとか遅刻や欠勤などに対する罰として鉄拳制裁がたびたびおこなわれていたという話は事実だ。

しかしそれをもって「強制連行」だ「強制労働」だと言い出すと、中国人捕虜が受けた虐待の被害者になりすまそうとしているのが明らかになって来る。

もう一度言うが、中国人捕虜を虐待した中には、朝鮮人も混ざっていた可能性が高いのである。

端島炭鉱(軍艦島)が閉山したのは1974年(昭和49年)で、島は無人になったが、となりにある高島鉱業所で残務整理が続けられた。




まぁ、島の歴史を振り返ればざっとこのようになる。

だから軍艦島を朝鮮人が利用したことはあっても、その逆はありえないということになる。

島から引き揚げて来た家族の子弟が学校の同級生だったから、彼らから直接聞いた話だ。ウソを言っても始まらない。

明治時代の産業革命遺産として世界遺産を申請したところ韓国のパク大統領とユン外交部長官が先頭に立って反対外交を世界中で展開したが、その原因は彼らが近代史を正しく教えられていないからである。

間違った歴史教育を頭から信じ込んでいるためだ。

日韓基本条約の中身すらも国民に隠していたのが韓国政府だ。どっちがウソを言っているかは明白だ。

それにも関わらず対日請求が繰り返されるのだから、いっそ条約を破棄すればどうなのだろう。「一からやり直そう」と両方が言い出すべきではないだろうか。

日本が併合していたのは北も南もない朝鮮半島全域のことだから、その後の返済があった円借款は除くとしても360円レートでの3億ドルの資金供与は北への協力金でもあったわけ。

それをパク・チョンヒが勝手に韓国だけの経済発展のために着服したのだから、それはいったんお返し願おう。

そしてあらためて話し合うなり、背中を向け合うなりすれば良い。

それではアメリカの立場がなくなるだろうが、トランプの勢い次第では本当に日韓関係は崩壊するかも知れない。




ソウル女子大園芸学科2年のキムなにがしと、同徳女子大経済学科4年のキムなにがしが、3月3日に軍艦島へ渡り「強制労働がおこなわれた場所」という意味の韓国語と英語の説明文を取り付けたと中央日報が伝えた。

ほらほらほらほら、自分都合の勝手な歴史を子供に教え続けると、国民が不幸になって行くだけだよ。

強制労働があったことは事実。でもそれはお前ら朝鮮人ではなかったの! 被害者どころか加害者である可能性も高いの!

わかったか!


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サンダカン八番娼館 望郷

昨日、ネットで、中国語字幕の上記の映画を観ました。マレーシアが舞台の良い映画だったのですが、最後の最後に日本軍が虐殺を行ったで、終わっています。 ネットで、検索結果、行なったのは、イギリス、中国人らしいです。中国の映画ではなく、日本製作の映画です。 再生数も多く、この映画を観た人は、事実と思うでしょう。良い映画だっただけに、がっかりを通り越して怒りを感じて観たことを後悔しています。

小野寺どの

コメントありがとうございます。

社会派である熊井監督の作品は高く評価するのですが、残念ながら「サンダカン・・・」は観ていません。だから映画の内容が適切なのかネット検索の結果が正しいのかは正直言ってわかりません。
ただ言えることは、いわゆる日本軍とは朝鮮族や台湾の高尾族なども含んでの組織だったという史実に目をそむけてはいけないということです。
日本軍がやったことはすべて日本人がやったことだとする単純評価が世界にあるんですが、朝鮮族の将校や警察がかなりいたことを知られたくない人々がいますよ。現在の大統領のお父さんも関東軍として満州に配属されていた日本軍将校ですからね。
併合時期の朝鮮半島の警察官はほとんどが朝鮮人だったそうだし。
そうした意味で言えば「日本軍」が虐殺をおこなっても無理もないかなとは思うのですが、南京はあれは違いますよ。おかしな日本の新聞が百人斬りなんてでっち上げたからですよ。

No title

端島(軍艦島)で働いていた朝鮮人に関しては同意見です。朝鮮人が暴力を振るわれて働かされたなどと言ってますが、基本的に怠け癖があるので、少々手荒なことをやらなければ働かなかったと言われてます。ただし、体調不良を口実に休もうとする朝鮮人鉱夫を無理やり降ろした労務管理者は同じ朝鮮人だったということがわかっています。所属する納屋の経営も朝鮮人。働いてもらわなければ日当からピンハネできませんから、推して知るべしです。「朝鮮人が朝鮮人を搾取して日本人のせいにする。」安定の平壌運転ですね。


中国人捕虜の強制労働の件については異論があります。まず、現在の中共の国民を中国人と呼ぶのなら、分けて考えるべきです。政府が違いますから、中国人ではなく「華人」です。彼らは南京政府、汪兆銘政権の管理区域から、南京政府直属の労働者派遣会社「華北労工」などが募集し、教育し派遣した「華人の出稼ぎ労働者」です。 元軍人もいましたが、もともとは農民で、無理やり銃を持たされ、鎖でつながれ戦わされた華人はたくさんいます。逃げれば督戦隊から殺されました。そういう人たちが日本に働きに来たのです。資料にも「職業=農民(元軍人)」と書いた資料もあります。元軍人ですから捕虜ではありません。

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