仕事で遊ぶ

高気圧が張り出して、久々にスカっと晴れたので洗濯物の下でぎんもくせいと日向ぼっこをしながらぼんやりした。

1日をおおまかに分類すると、3分の1が睡眠で3分の1が労働で、残り3分の1で生活をするわけだ。(一般的な社会人なら、ということ)

この生活の時間に、食事を摂ったり入浴をしたり子育てや買い物などの家事をやって、いかにこれらを効率良く済ますかによって余剰の時間が作れる。

これが「遊び」に使える時間ということになって、テレビを見たりゲームをしたり読書をしたり音楽を聴いたり人それぞれということになる。

だから子だくさんだったり、親兄弟を抱えていたりするとこの余剰時間がどんどん少なくなって行き、「息つく暇もありゃしない」ということになる。

開発途上国の子供たちは、往復2時間かけて水汲みをするという。そうした取材番組などを観た日本人は「可哀想に」と考えるのだが、自分ちの風呂は自分で洗っている。当然のことのように。

しかし韓国の上流家庭には大抵家政婦さんがいて、掃除なんて家族がするものではないらしい。

ホテルに連泊した時などは毎日外出時にシーツが交換されている。

しかし病気で入院したら大抵シーツ交換は週に1度だ。

何が基準で、どこからが贅沢なのか無駄なのかという線引きが難しい。

ここに、あまりテレビを観ないお母さんがいる。テレビを観る時間があったら子供の面倒を看ている方がよほど愉しいと考えてる。

草加そうか、喜びは一人ひとり違っていて何も悪くないんだ。価値観は自分のものであって他人から押し付けられるものじゃない。

働くことは苦痛であって、ダラーっとしていることが楽しいだなんて、一方的に思い込んでしまっていた。

体を動かすことが好きな人は少なくない。世間はそんな人を「働き者」と呼ぶが、本人たちはけっこう楽しんでやってるのかも知れない。(私は働き者ではないからわからないが)

上記の水汲みの子供たちは「何がしたい?」との質問に、例外なく「学校で勉強がしたい」と答える。

これをある意味では「ない物ねだり」と言うが、別の言葉に直すと「希望」ということになる。

ある有名な企業のキャッチコピーに『昨日まで世界になかったものを』というものがある。(上手いな)と思う。(よくこんな言葉が浮かぶよな)と。

しかし、それがその会社のモットーだったとすれば、それこそが「開発」であり「希望」なのだろうと思う。

「ああなれば良いな」「こうなれば良いな」

その模索のために労働時間を費やすことは、苦痛であろうはずがない。

私も現役の頃はよく、無給の休日出勤をやったものだ。仕事が楽しくて仕方がなかった。

ただし、「タイムカードはきちんと打ってもらわないと困ります」と総務から苦情が来たものだった。

昨今ではブラック企業とかが問われているが、アレは会社の方が指示するから変なことになるだけのことであって、自発的にしかも同僚らの負担にならないよう細心の注意を払いながら楽しんでやる分には問題ないのではなかろうかと考えている。

昔は「風呂敷残業」と言って業務を自宅に持ち帰る風習があった。その後は「フロッピー残業」という言葉も出て来た。

しかし業務内容を会社から持ち出すのはいかがなものかと私は思っていた。

「サービス残業」をやって同僚の精神的な負担を招くくらいなら、いっそ誰もいない土日の休日にポロシャツでも着てゆっくりとコンピュータの前に座った方がマシだ。

私が手掛けていたのは、施設ごとにオーダーメイドになる文化財収蔵庫であり、世界に一つだけの「手作り」だったからもの凄く楽しかった。

そこへ、どんな国宝級のお宝が収蔵されるのかと考えただけでワクワクした。

母親が子育てにいそしむのと代わらないかも知れない。




最近コンテンツ産業が成長している。

アップルやグーグルなどがアメリカの主要産業になった。

しかし考えてみるとアップルは工場を持たない。台湾などの製造業者に丸投げしているわけだ。

シャープを買収するのしないのと言っている会社も、自社ブランドの製品は何も作っていない。すべて下請け仕事だけで莫大な利益を上げている。

収益を上げることだけが目標であるならば間違いなく成功していると言える。

しかし「世界の発展のために、まったく新しい物を開発しよう」という発想は持ち合わせておらず、それに付随する喜びは彼らは知らない。

逆に企業経営は失敗したかも知れないが「発想がシャープでしょ?」と言っていた組織には、そっちの喜びがあったに違いない。

喜びの形態は人それぞれで、型にはめられるべきものではない。

であるならば労働もまた、苦痛だけではあまりにも寂しい。

心の豊かさとは何だろう。水汲みをしている少女の瞳のきれいだったこと。焼き付いて離れない。




皆さん、ご機嫌よう。




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No title

 プリンス自動車や、VANジャケットの事を思い出しました。
 好きなデザインじゃなかったけど、プリンスの車は妙に気になってましたね。結局は日産に吸収されてしまったけど、グロリアも2000 GTもきっと大の車好きがつくった名車だと思います。

 VANジャケットも、あんな放漫経営じゃ必ず潰れると言われて、予想通り潰れてしまいましたが、やはり好きでなけりゃあれだけの夢を売ることは出来なかったと思います。
 
 好きでやってることに箍をはめる、ってのは人生意気に感ず、の対極なんでしょうね。

三つ太刀どの

グロリア・スーパー6は好きだったなぁ。
縦に重なったヘッドランプじゃなくて、横に並んだライトでフクロウみたいな顔してるやつ。アメリカ車みたいなシルエット。
あと、日通が使ってたいすゞのフローリアン。不格好だったけど、どこか北欧の香りがして、好きだったなー。
長崎じゃ三菱のデボネアが走っててさ、修学旅行生が指さして笑ってた。「弁当箱だ!」ってんで。
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