「師」が「員」になった日 ③

本ブログにおいて『「師」が「員」になった日』という記事を書かせてもらったところ、影さんという方から、以下のようなコメントが寄せられた。

許可をとったわけではないが以下にご紹介したい。

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広島市で生まれ育って40年以上経ちますが、府中町は特殊な町だと断言出来ます。広島市民としては一緒にして欲しくないくらいです。

広島市にしろ府中町にしろ教育行政が教育委員会、日教組に握られてるのは同じですが、府中町はマツダの法人税収入が多く豊かな町です。

しかし飛び地の様に広島市の真ん中に位置してるので、広島市側も何度も合併を求めて来たのですが「住民税が上がる」、「法人税が上がる」、「公共サービスの質が落ちる」などのあくまで「府中町の住民」の意見が尊重されて合併されてません。

広島市民の自分からすれば町堺に関所作って広島市内に入るなら\取ってやりたいくらいですよ。

広島市と府中町の関係を掘り下げて調べたら結構な退屈しのぎになると思いますよ。

最後に、国の未来を背負う若者が大人のせいで自らの命を絶った事は我々大人の責任です。残った力を振り絞って若者に希望のバトンを!

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いや私の勉強不足だった。正直言って反省している。

広島市と府中町の関係がそのようなことになっていたとは認識していなかった。

私は生まれが長崎なのだが、平成の大合併以前、長崎市の周囲には西彼杵郡(にしそのぎぐん)という郡部が取り囲むように配置されていて、議会が設置される「町」がたくさんあった。

その中に香焼(こうやぎ)町というところがあって、ここには「三菱重工長崎造船所香焼工場」という100万トン級のドックを完備した世界トップクラスの造船所があった。(過去形ではなく現在も稼働中だ)

そこから上がる税収はマツダどころではない。巨大タンカーをバンバン建造していたのだから。

その税収がちっぽけな香焼町に落ちた。

生活保護の認可が簡単に降りるようになったので、長崎市内の暴力団員などが住民票を香焼町に移した。

だから非常に治安が悪い町になった。

固定資産税が安いためにいろんな企業が参入しようとしたが、治安が悪いという理由でどこも二の足を踏んだ。

産業が育たないので町が発展するわけがない。

しかし町議会員はそんなのどうでも良かった。税収がたっぷりとあるのだから。

町民もまた、住民税が安く様々な公共サービスが無料になる制度を維持しようと、革新系の町長を選び続けた。

働かず昼間から酒を飲むような親に育てられた子供らが町立の香焼小学校・中学校に通った。

長崎市はこの税収がほしいため香焼と合併しようと長年働きかけていたが、タダのように転がり込んで来る税収を渡してたまるかとする革新系の政党が町政を牛耳っていた。

湧水のようにカネが湧いて来る土地は間違いなく腐って行く。

香焼町も例外ではなかった。

現在の住民の人々の名誉のために具体的な事例は言えないが、眉をひそめたくなるような事件が続発した。

やがて町政が保守系に代わったことで市町村合併が一気に進められた。

今では「長崎市香焼町」になっている。





担任「万引きがありますね」

生徒「あ? はい」

生徒は遺書にこのようなことを書いていたという。「突然言われて返事したら万引き犯にされた。ちがうと言っても『認めたくせに男らしくない』と叱られた。嘘つきにやる推薦枠はないと断られた」

あまりにも理不尽なことが土地柄という利権の結果だったとすれば、それは社会全体の反省点なのかも知れない。

一方的に革新系が悪いと言うつもりはないが、湯水のような利権には必ずダニが集まって来るものである。

校長や教育長だけではなく、町長が出て来るべき事案なのかも知れない。



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