放射線影響研究所 後編

長崎大学医学部と東京大学医学部のつながりについて前回は述べた。

今回は、その長瀧教授の元で助手として活躍した山下俊一について突っ込まなければならない。




チェルノブイリに調査に赴いた際に、放射能が胎児に影響するのを恐れていた妊婦らに『私も被爆者二世ですがこんなに元気です』と励ましたと、さも誇らしげに語っている。

そしてその実績が買われ、福島県立医科大の特命教授にして副学長として迎えられた。

チェルノブイリ原発事故が発生したのが1986年であり、その5年後の1991年に山下は医療協力プロジェクトとして現地へ赴いている。

つまり現地のヨウ素131とかセシウム134とか同136などはすでに半減期を終えているのであって、ヒロシマ・ナガサキに原爆を投下したアメリカの調査隊とはあまりにも出足が遅すぎて比較にしてはならないのだ。

しかも『私も被爆者二世です』と言ったところで、核爆発と原子炉爆発をごちゃ混ぜにしてはいけないし、残留放射能のことを解明してから発言しなければならない。

しかし山下は5年という時間の経過を経たことによって甲状腺のがんの発症をつぶさに観察し、それを学会で発表した。すなわち「その道のプロ」を自称していたのだったが、福島の原発事故後に豹変した。小児甲状腺がんは増加していないと言い出した。これはもう政治的な妥協としか受け取られていない。民主党政権だった細野が年間1ミリシーベルトの規制値を暫定的に20まで引き上げた根拠は山下が作っている。

福島第一原発事故の翌日、新聞社の取材を受けた山下はこう語っている。「原発周辺で観測された放射線量は、毎時1015マイクロシーベルトであり、人間が1年間で浴びる量の半分だ」とした上で「10ミリシーベルト以上を浴びなければ人体への影響はほとんどない」。

ちなみに病院のレントゲン室などの放射線管理区域は、年間約5ミリシーベルト(毎時約0.6マイクロシーベルト)の規制がされており山下の説明に矛盾している。

このことから山下は子供たちを連れ去る「ハーメルンの笛吹男」になぞらえて「フクシマの笛吹男」とあだ名された。

えらい男を副学長にしたものだ。

この頃から、「マイクロなのかミリなのか」「毎時なのか年間なのか」「内部被曝なのか外部被曝なのか」といった混乱があちこちで起きて「安全です安全です」と言えば言うほど混乱に拍車をかけてしまった。

事故当時、枝野官房長官をはじめ東大などのいわゆる御用学者がしきりに「安全」を謳っていたから尚のことだった。誰も信用するはずがない。

それもそのはず、実は山下は2000年に原子力委員会に参加していた。「原子力の研究・開発および利用に関する長期計画」第5分科会である。

その後、原子力安全委員会原子力施設等防災専門部会が作成した「原子力災害時における安定ヨウ素剤予防服用の考え方について」と題する報告書の作成主査を務めたのが2002年のことだった。

つまり事故の前まで山下は推進側に座っていたことになる。少なくとも原子力委員会の構成メンバーだったわけだ。

「放射能の被害よりも、避難することによる精神的なストレスの方が健康に害を及ぼす」だの「甲状腺がんは、検査対象が多いことから発見件数を増やしているだけで、実際に放射線が影響しているわけではない」といったコメントが聞こえて来る。

だとするならば、なぜ君たちはヨウ素剤を飲んだのか。

安定ヨウ素剤の研究は山下が2002年にはやっているではないか、国民の税金を使って。

原子力安全委員会のメンバーは知っていても、スピーディ・データを高木文科大臣によって隠された福島県民は子供を抱いて風下に逃げたではないか。ヨウ素剤も飲まされず。

内海聡氏自身は自分のことを『キチガイ医』と名乗っているくらいだから、「はなし半分」どころか「4分の1」程度に聞いておきたいものだ。

しかし山下の経歴と言動を比較してみると、これはこれで非常に危険な匂いがするわけだ。

2010年には山下は薬害エイズ問題にも口を出しているが、これなどはまさに東大医学部の学閥が深く関わっていた事故(事件?)なのだ。

まぁ血液製剤に触れれば、化血研を避けては通れないのだが、ここも東大系の学閥で占められていて「オレが法律だ」といった態度を示している。山下が口を出したくなるわけだ。

山下はまた、生粋のカトリック信者であるにも関わらずS学会や公明党との交流を持っている。

医者であり教育者であるにも関わらず、どこか政治的な動きも見せるからいかがわしい。

特にカトリックでありながら創価大学で講演をしたのだから噴飯ものだ。




2011年3月。原発事故が発生した現地に、自衛隊のヘリコプターで乗り込んだ山下は、福島県立医科大学の教職員を前にしてこう語った。

「安定ヨウ素剤で甲状腺がんが防げるといった誤解が広がっているが、『ヨウ素剤信仰』にすぎない。日本人が放射性ヨウ素を取り込む率は15~25%。4、5割を取り込むベラルーシとはわけがちがう、20キロ圏、30キロ圏以西の被曝(ひばく)量はおそらく1ミリシーベルト以下。チェルノブイリと比べて被曝量が微量なので、日本政府も安定ヨウ素剤服用の指示を出さない」と。

であるならば、鹿児島や福井などの原発の再稼働が徐々に開始されている地元で配布されている安定ヨウ素剤って何の意味がある?

反対派をなだめるだけの手段なの? 科学的根拠はないの? 原子力安全委員会はどう言ってるの?

この男、舌足らずな説明ばかりするから笛吹き男とか呼ばれるの。

こんなのが教授だなんて騙されないからね、原子力委員会のメンバーだった先生よ。

避難によるストレスだと言うのであれば普賢岳災害はどうだ、伊豆大島の噴火災害はどうだ。避難所生活で甲状腺がんになった人がどれほど居ただろう。誰かデータ持ってない?

福島のスーパーマーケットが、いまだに他県の生鮮食品しか売らないのはどういうことなの?




大地に降り注いだ放射性物質は、雨に流され地中に潜り、あるいは路上で風に舞い上げられて徐々に川や海に集まっている。人々が忘れてしまっても、半減期が来ない限り決して無害にはならない。

葛西臨海公園は大人気だけど、あそこセシウムが集中してると以前NHKが取り上げてたな。

でもそれっきりパッタリと・・・・

どこかから圧力でもかかったのかな。

↓こういう映像を見て放影研や山下さんはどんな反論をするんだろう。花粉は心配ないのかな・・・



(京都大学原子炉実験所助教 小出裕章 参議院 行政監視委員会にて)

つまりこういうことでしょ?

「国民の税金を使っていろんなデータは集めるけれど、別に国民に知らせる義務はありません」ってことだよね。

ねぇ山下さん、安定ヨウ素剤は、飲むの? 飲まないの?

そこはっきりさせないと、本当に笛吹き男になっちゃうよ。法王さまから叱られるかもね。

チェルノブイリの原発事故をきっかけにしてソビエト連邦は崩壊した。福島第一の事故をきっかけとして民主党政権も崩壊した。原発事故は政治的交代劇を招くことが実証されている。

2013年1月、東京都内の医療セミナーで公演した山下は長崎原爆についてこう言った。「長崎市民23万人のうち、7万人が被爆で亡くなり、7万人が生存被爆者としてデータを出し続けている。」

そうだ、彼らにとっての被爆者とは「データを出し続け」る存在なのだ。それが山下であり放影研なのだ。

だから我々二世の世代は誰ひとり放影研の健診を受けない。メリットが何もないからだ。

同窓会になるとその話題になるらしい。






スポンサーサイト
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR