キリスト教の系譜

このところキリスト教にこだわっている。それは白人社会による有色人種への侵略の歴史であって、一連のこととしてつながっているからだ。

なぜ南米大陸の人々がスペイン語を話しているのかと考えれば、キリスト教の布教を口実にして軍隊がやって来たからだ。

それでインカ帝国などが先進兵器によって滅ぼされ、財宝がことごとく盗み取られた。

ヨーロッパが栄えたのは、侵略と略奪の成果だった。

彼ら白人が何か特別な発明をしたかと言うと、それは軍艦であり大砲だった。まるで海賊だ。ソマリアと何も違わない。

アメリカ社会などに「ヒスパニック系」という人種があるとされている。スペイン語を母国語とする中南米の出身者らのことを指すらしい。

しかしヒスパニックの語源はラテン語の Hispanicus で、これはヨーロッパ南西部のイベリア半島のことを意味している。

ヒスパニックの人々には白人も黒人も混血もあるが、スペイン語やポルトガル語を話すのはまさに中南米が「植民地」だったのであり、民を植えるとはどういうことかと言うと、まさに現地女性を強姦(あるいは和姦)して混血児を産ませたからに他ならない。

そのスペインの兵士が白人だけとは限らない。海峡を渡ればそこは北アフリカだからだ。

日本がアジア各国を植民地支配したと罵られ続けているが、どこに日本人の混血児がいただろう。韓国にいただろうか。





清の時代の中国にも大量の宣教師が欧米各国から群がるようにやって来た。それはもう死骸に群がるハイエナやハゲワシのようなもので、どれだけ美味い部分を手に入れるかの「ぶん取り合戦」だったわけだ。

なぜ清国は死せる豚になっていたのか。陶器の輸入代金をイギリス人がアヘンで支払ったからだ。人類史上最悪の国家はイギリスなのかも知れない。

どうして清国が狙われたのか。

日本には徳川幕府という武家を中心とした武装集団が国を治めていて、植民地化を狙う国々が先遣隊としてキリスト教の宣教師を送り込むことを知っていたからだ。

徳川幕府が憲法9条を持っていたなら、黄金の国ジパングはとっくの昔になくなっていただろう。

清国は王朝が治めていて武力的背景を持たなかった。

そこへキリスト教の布教という言い訳を用いてハイエナどもが群がったのは、南米大陸の悲劇の繰り返しでしかない。





アジアには代表的なキリスト教国がふたつある。

ひとつはフィリピン。

これはそもそもアメリカの植民地だったから。侵略者たちの礼拝の場として建てられた教会がそのまま現地人を受け入れて行った。

もうひとつは、キリスト教国と言えるかどうかはあいまいだが、明らかにキリスト教会の数が圧倒的に多い韓国だ。

韓国のキリスト教系教会は、屋根の上の十字架に照明を当てているので、ソウルなどの夜景を見ると十字架だらけになると良く言われる。

この国のキリスト教は少し世界史とは違っている。

侵略者が侵略の言い訳として先遣隊のように宣教師を送り込んだものではなく、日本の敗戦によってタナボタ式に舞い込んだ独立を利用してそれまでの古い体質を脱ぎ捨てたかったからだ。

そうしなければ、やがてまた権力闘争が始まって泥沼の歴史の繰り返しになると考えた朴軍事政権が「信教の自由」を認めた。

外から持ち込まれた宗教ではないから、勝手にデタラメなキリスト教を作り上げてしまった。

実に変な宗教団体ばかりが増えてしまい、やたら肉体関係の方向に行きたがる教理ばかりだ。

だからローマ法王が呆れた。「魂の生まれ代わりが必要だ」と言って。

霊感商法をやったのは統一教会だったし、信者の少女を連続強姦したのは京都の韓国系キリスト教の牧師だか神父だか。





キリスト教と一言に言ってもいくつかの宗派に分かれている。(イスラム教とユダヤ教は別として)

まずローマ・カトリック。

これってどこか変だと思わないだろうか。

ローマ兵によってイエスは処刑されたのだったよね。そのローマにどうしてキリスト教の本山の一つがあるの?

まぁ、このことを掘り下げると何冊もの本ができることになるから触れないけれど、権力と武力は表裏一体ということになるわけだ。

そしてプロテスタントというものがあるよね。

Wikipedia によれば「カトリック教会から分離し、福音主義を理念とするキリスト教諸派をさす」とある。

ここで誤解しやすくなるんだけど、ローマ時代に「西ローマ帝国」と「東ローマ帝国」に分かれていたのは知ってるよね。

だから「ルーマニア」という東ヨーロッパの国名も、起源は「ローマ人の土地」という意味だけれど、それは東ローマのことであって西ローマがそこまで来ていたわけではない。

この分裂がそのままキリスト教の「カトリックとプロテスタントの分裂」につながったかのように考える人がいるんだけどそれは間違い。

東ローマに行ったのはギリシャやウクライナを経てロシアまで行った「正教会」。こっちはシベリアを経て函館まで行ったもの。

それらとプロテスタントはちがう。あくまでも西ローマのカトリックから分裂した教派。

前回の『縄に見る日本の成り立ち』でエフェソス会議について触れた。ここでネストリウス派が分派して行くのだが、この会議があったのが西暦431年。ネストリウス派はアッシリア東方教会へと発展する。

しかし主流はあくまでも初期キリスト教。

これが11世紀に東西に分裂しカトリック派と正教派(ロシア正教など)とに分かれる。

そして16世紀の宗教改革でカトリック派からプロテスタントやバブテストなどが生まれる。ドイツで生まれたのがマルチン・ルターによるルーテル教会だった。

では、カトリックと福音派の違いがどこにあるのか。

簡単に言い過ぎると間違いを指摘されるかも知れないが、カトリックが「聖母マリア」を崇拝するのに対して「福音」要するに聖書のみが神の「み言葉」なのだとする意見の相違がある。

たまにこのような主張を耳にすることがある。「新約聖書はイエスの死から数百年後に書かれたものだ」。これは福音派の主張が正しくないとするカトリック側の攻撃なのである。






イギリスとひと口に言っても、イングランドとスコットランドとアイルランドの共和国である。

このイングランドはローマ・カトリックを支持していたが、16世紀にヘンリー8世が離婚したことによってカトリック教会から分離せざるを得なくなっていた。

典礼的にはカトリックとの共通点が多いものの、表面的にはプロテスタントに属しているように見られている。

王の離婚がきっかけだったとはイギリスらしい。

17世紀に入るとイギリスは王権の絶対性が高じて農民の中にまで貧富の格差が開いて行き、次第に国民の不満が高まることになる。

ロビンフッドの伝説にみられる通り、暴力に満ちた混沌とした世相だったのである。

プロテスタントのイングランドに対してアイルランドのカトリックが蜂起したのが1641年。

この頃すでにローマ帝国を舞台として、カトリックとプロテスタントとの間に戦いが起こっていて、これを30年戦争と言った。

もともとカトリックの国であるフランス国王がプロテスタント側につくなどして、次第に宗教とは関係のない争いに発展して行く。

フランスのブルボン家とオーストリアのハプスブルグ家の覇権争いの戦いになるなど、もはやヨーロッパはメチャクチャな状態になっていて、これが第一次世界大戦の種になっている。

つまりキリスト教の(カトリックとプロテスタントの)分裂が人々の血みどろの戦いの元を作っているというわけだ。

テロと言えばイスラムに直結するかのようなおかしな報道をメディアはしたがるが、イギリスを長く苦しめたIRAテロは、アイルランドのカトリックだからね。爆弾などを仕掛けて無差別テロをやっていた。

自由と博愛なんて口先だけのことだ。






戦争は、何か正義と悪との戦いであるがごときイメージが伝えられているが、そうとばかりも言えないようだ。

現に中南米のヒスパニックは圧倒多数がカトリックを信仰している。プロテスタントは少数派だ。

侵略者が誰だったのかはこれを見るだけで良くわかる。

要は覇権争いなんだよね、どっちが主流派になるかという。

キリスト教を見ていても、スンニとシーアに分かれて争っているイスラムにしても。

つまり格差社会はなくならないということになる。誰かが誰かの上に立とうとする限り。

清教徒革命のことを別名ピューリタン革命と呼ぶ。

王政のイングランドでは富の分配に失敗し格差社会が広がった。

それを見限った庶民がメイフラワー号で新天地を目指すことになる。

まさに極貧生活を送っていたチャーリー・チャップリンの「移民」につながって行く。

メイフラワーに乗った移民のうち、3分の1がイギリス国教会の迫害を受けた分離派に属していてピューリタンと呼ばれていた。移民の目的は信教の自由を求めることだった。

アメリカの保守系白人支配者層(ホワイトカラー)のことをWASP(ワスプ)と呼ぶ。「ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント」の略だ。

アイリッシュ系カトリックの労働者階級(ブルーカラー)が保守派を非難する意味で使われた造語だ。

自由と平等だとか言ってみても、アメリカもまた建国当初から差別社会だったわけで、その原因は宗教だった。

歴史が教えているのさ。

平和主義の天理教でさえが、代表者や支部長が世襲制を採っている。権力を手離したくないんだよね。

仏教徒で良かった。







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