世界遺産の矛盾

最近やたら「世界遺産」という話題が横行しているように見える。

しかし地元の本音を聞いてみると「観光産業の手助けになる」といったスケベ根性が見え隠れしている。

現に群馬の富岡製糸場の登録においては、観光客の倍増があって「世界遺産はカネになる」といった印象を与えてしまった。

だからあちこちの自治体が我も我もと言って世界遺産への登録を申請している。

要するに観光地にしてカネ儲けがしたいわけだ。




ちょっと待て、世界遺産というのは観光地にするためなのか?

釧路湿原などのように立ち入り禁止にして保存するのが本来の目的だったのではなかったか?

キリスト教の禁教の歴史をないがしろにして、ただ離島の教会群をメルヘンチックに売り出そうとした長崎県が大恥をかいた。

離島観光につなげるための乞食根性が見え見えだったからだ。

どうしてキリスト教徒の人々が離島に逃げ出さねばならなかったのかという江戸時代の禁教令に対する根本的な主張が不足していたからだという。

そして、その部分に触れれば自動的に西洋諸国による植民地政策に言及せざるを得なくなって、ひとつ間違えば国際問題に発展しかねない。

ポルトガルが貿易と同時にキリスト教を持ち込んだために長崎から追い出されて平戸に移動させられた。

キリスト教を持ち込まないとの約束でポルトガルに代わってやって来たのがオランダだった。

長崎はそうした歴史は深く認識しているはずだ。

貿易の入り口は同時に植民地化の入り口でもあったわけだ。少なくとも徳川幕府はそう見ていた。

キリスト教の教えが危険なのではなく、その背後にやって来る侵略者を警戒したからだ。




長崎は「軍艦島」で有頂天になりすぎていたのではないか。

「軍艦島」の廃墟は保存が難しく、長崎市の年間予算だけでは間に合わないとされている。

おそらく国家予算レベルの費用がかかるだろう。広島の原爆ドームどころの騒ぎではないのだ。

小さな舟で観光客を運ぶだけでは到底間尺に合わないだろうし、世界遺産に選ばれた限りは放置するわけにも行かなくなっている。

今後の長崎市民は「軍艦島」のためだけに多額の住民税を払うことになるだろう。

長崎市や長崎県の先読みの甘さは顕著だ。

観光客を集めたいから世界遺産に手を挙げるのか、カネ儲けがしたいから申請をするのか、富岡製糸場が上手くいったから柳の下の二匹目のどじょうを狙うのか、安物の政治家を選ぶとこのようなことになる。

いや、その前に地元の商工会や青年会議所が病巣の中枢にあるのかも知れない。

文化とはもっと崇高なものでなければならない。

むしろ、世界遺産に申請しなくとも立派な価値がある施設や自然には、日本は事欠かない。

観光収入でメシを食おうとする韓国とは違うのである。




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