戦争の世紀は終わらない

あまり陰謀論とかに振り回されたくはないのだが、ウクライナやシリアの内紛を見ているとどうしても大国の理論が出過ぎているように思えてならない。

時系列で振り返ってみたい。

■アフガニスタンに共産党政権(アフガニスタン人民民主党)が誕生したのが1978年。

■この共産党政権に対してムジャヒディーンなどの抵抗勢力がイスラムから湧き上がる。

■そこでアフガニスタン政府(共産主義)がソ連に軍事介入を求め、ソ連がこれに応じたのが1979年。

■アメリカは非公式にイスラム勢力への武器ならびに資金供与をおこなった。

■1986年、ソビエト連邦ウクライナにおいてチェルノブイリ原発事故が発生。ソ連の最高指導者だったゴルバチョフは欧州各国の非難を受けグラスノスチ(情報公開)に踏み切る。

■1988年、アメリカ映画「ランボー3・怒りのアフガン」が制作されアメリカ国民に反ソ連の空気が満ちる。

■国連決議を受けてソ連は1989年にアフガニスタンから完全撤退する。

■1990年。イラクによるクエート侵攻を受けてアメリカをはじめとする多国籍軍が湾岸戦争に突入。

■1991年、ソビエト連邦はチェルノブイリ事故後のペレストロイカ(再構築改革)によって崩壊。

■ソ連軍撤退を受けて、アフガニスタンのムジャヒディンに内部抗争が起き、タリバンなどがアメリカの支援を受けて台頭する。

■2001年にニューヨーク同時多発テロが起こる。アメリカはイラクを「テロ支援国家」だとしてイラク戦争に突入。サダム・フセインを処刑。

■オサマ・ビン・ラディンを捜索するという名目でアメリカはアフガニスタンに派兵。

■イラン戦争の終結を受けてイスラム教スンニ派からISLが発生。

■2011年1月、シリア騒乱が勃発。

■2011年5月、ウサマ・ビン・ラディンがパキスタンの隠れ家にいたところを米軍が急襲し殺害、遺体は水葬される。

■2014年、ウクライナ紛争がクリミア危機に発展。親欧州派と親ロシア派とで激しい争いに発展。




さて、こうやって見て来ると何かがぼんやりと見えて来る。

時系列を逆に見ていくと、ウサマ・ビン・ラディンの殺害実況をバラク・オバマやヒラリー・クリントンが見ていたが、あれは本当だったのかと疑いたくなる。なぜ遺体をアメリカまで運ばなかったのかだ。

特にヒラリーなどは口を手で押さえ見事な芝居をやって見せたが、その後の大統領選挙にちゃっかり出て来ている。

そもそもアフガニスタンのムジャヒディンに資金協力をやったのはアメリカのCIAだ。すなわちアメリカ人の税金を投入したことになる。(そうでなければ南米での麻薬ビジネスなのか?)

いかにチェルノブイリ事故があったとしても、世界に誇るソ連軍が完全撤退するのだからよほどアフガンの抵抗は激しかったはずだ。

だとすればゴルビーによるグラスノスチの原因を作ったチェルノブイリ原発事故も何らかの形でアメリカが関わっていたのではないか?

そう疑われても仕方がないだろう。

結果的にはソ連が崩壊し、ムジャヒディンは分裂し、フセインを排除し、ISLの台頭によってサウジをはじめとする中東各国がバラバラの状態になって、アメリカもイスラエルも笑いが止まらない状態になっているではないか。

これが策略ではなかったとしても、結果的にはそうなっている。

911テロが疑わしいと言う人は少なくないが、ビン・ラディンの死亡に疑いを持つ人はあまりいない。ましてやチェルノブイリとかになると「思いもしなかった」となるだろう。

しかし湾岸戦争にしてもビン・ラディンにしても、ブッシュ家とは石油利権で深くつながっている相関関係にあるわけだ。

もちろんブッシュは共和党であり、オバマやクリントンは民主党ではある。しかし「アメリカはアメリカだ」という観点で見るならばどちらも大差なさそうだ。ブッシュが犯人に仕立て上げたビン・ラディンをオバマ政権が成敗したのだ。とんだ茶番劇ではないか。




原爆を落としたからどうだとか、GHQの占領政策がこうだとか言うのではなく、現代史におけるアメリカをどこまで信用すれば良いのかという話をしているだけだ。

チェルノブイリ・クラスのとんでもなく大きな疑惑が浮かびあがって来るかもしれない。

ま、暇人の妄想だけどね・・・





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