価値の有無

私には興味がないものがいくつかある。

「嫌い」というほど積極的なものではなく、関心がないから「好きでも嫌いでもない」という評価だ。

ひとつは「スター・ウォーズ」であり「ハリー・ポッター」だ。好きな人は観れば良いし楽しんでもらっても悪口は言わないが、私とすればどうでも良い。

「ハリー・ポッター」と言えばUSJだが、対照的なのはTDRだ。

耳が大きなネズミとかゾウとかの被りものをした幼稚な遊園地に、デート目的で行くカップルの価値観は人それぞれだろうからそれでも良い。

ただし私は死ぬまで行くことはないだろうし、そこの土産をもらっても有難くも迷惑でもない。価値がわからないだけだ。

ただしネズミの絵が描かれたマグカップとかを頂くと、ゴミに出すにも手間がかかって邪魔くさい。クッキーくらいにしておいてほしい。





病気をした際に、いろんな方から「お守り」を頂いた。

様々な宗派の仏教のものもあれば、いろんな神社のものもあった。

「お守り」というのはなかなか処分が難しい。

と言うよりも、処分しようという発想が浮かばない。

どこかの観光地に遊びに行った土産とは意味が違う。そこには「祈り」が込められている。つまり相手様の心だ。

ネズミのマグカップとは比べ物にならない。

大なり小なり、合掌して頂いた光景が浮かぶ。

処分ができようはずがない。





ネズミの被りものの話をしたのでついでに語っておきたい。

あそこで成人式をするのはどういった価値観なのだろうかと昔から思っていた。

成人式というのは文字通り大人になる式典なのであって冠婚葬祭の冠だ。それを遊園地でやろうという発想はどこから来るのだろう。

「大人になる日の晴れ姿を親に買ってもらっては恥だろう」と若い頃の私は主張していた。

しかし「可愛い娘の晴れ姿を飾ってやりたいという親心はわかってあげても無駄にはならんよ」と先輩から諭されて、そんなものかと思った。

「しかし結婚式は別だ。一人前の所帯を持つ儀式を、親に負担させるバカがいる」先輩はそうも言っていた。

いちいち尤もで反論の余地がない。




興味がないものに話を戻そう。

メイド喫茶のようにごく一部の人々の価値観ならば仕方がないし批判するだけの価値すらもない。

フィギアもそうだしAKBもそうだ。

好きな人だけが好きな方を向いて手を振っているのだから「人畜無害」というやつだ。

ところが趣味で魚釣りをしていた知人がルアー・フィッシングを始めた。流行に流されやすい人格だ。

渓流で疑似餌を振り回して淡水魚を釣り、生きたままリリースするのだという。

「だったら始めから釣らなきゃ良いじゃん」と言ったら、「楽しさがわからんヤツには何を言ってもムダだ」と返された。

「ところで釣り糸が木の枝とかに引っかかったらどうするんだ」と聞くと「そん時ゃ切っちまうだけだ、どうしようもないからな」。

そうしたレジャーが野鳥たちを殺している。

無害な価値観もあれば有害な価値観もまたある。




どこかのタレントが不倫をしただのしないだの。

それと同列で大物政治家が罠にかかった。

同じ週刊誌の売り方かも知れないが、味噌クソ一緒にし過ぎではあるまいか。






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