呪われた遺伝子

日本はGHQによる占領政策によって、近現代史を教育現場から遠ざけた。

教員たちは正しい近代史を教えず、社会主義に染まった誤った知識を子供たちに教えた。

それは現在の韓国人が正しい歴史を知らないのと同じように、日本の子供たちもまた正しい近代史を知らない。

必要があれば個人的にも学習するのだろうが、受験勉強に必要がないから誰も掘り下げようとしない。

知らない者同士が「こっちの主張が正しいに決まっている」と言い合っているのだから、これほど滑稽なこともない。

日米韓三国の軍事同盟と言うが、日韓両国を白痴(はくち)化することでアメリカは主導権を握った。

しかしその白痴同士が争うようになってアメリカは手を焼いてしまった。

韓国の中にも日本の中にも、北朝鮮の工作が功を奏しているからだ。

韓国の「挺対協」も日本の「SEALDs」も作り手は同じだ。

だとすれば、少なくとも我々日本人は正しく客観的な近代史を知らなければならない。




大東亜戦争が日本の敗戦によって終了したのは1945年であり、その前後の日本国内の動乱のことはいろんなメディアが取り上げてはいるが、すべては日本人の視線によるものであって中国朝鮮あるいはアジア各国が当時どうだったかはあまり語られていない。

本当は台湾を始めとするアジア各国の激変は、この日本の敗戦からスタートしている。そのことを学校ではほとんど教えない。それがGHQの目的だったから。

台湾の総統選挙はあと数日で投開票されるので、国民党と民進党がどのような成り立ちだったのかといった話題はその時に語られるだろう。

しかし朝鮮半島と中国共産党のことはいまひとつ語られることがない。

少なくとも彼らは、日本人に触れてほしくない部分だからだろう。




1948年に成立した「大韓民国」(南朝鮮)と「朝鮮民主主義人民共和国」(北朝鮮)両国が戦闘状態に陥ったのは1950年6月25日のことだった。

その前年である1949年の10月に中華人民共和国が建国されている。

時系列に並び替えればこうなる。「南北両朝鮮立国→中共立国→朝鮮戦争」

大韓民国の成立を宣言したのは李承晩であり、朝鮮民主主義人民共和国の成立を宣言したのは金日成だった。

李承晩は強烈な反日思想の持ち主で、敗戦国日本に対するあらゆる要求を占領軍であるGHQに要求したがそのほとんどを拒否されている。

李の反日思想の原因は、日本の統治によって利権を奪われた大韓帝国の両班階級による恨みだったとされている。

李承晩の李は、李氏朝鮮の李なのだ。

事実「親日反民族行為」を法的に処罰する法律を制定したのは李承晩でありその施行は1948年だった。

その強硬姿勢の根拠には、軍部を解体されて無力になった日本への優越心があったのであり、かつての宗主国が占領下にあったがためである。

韓国の表立った反日はここから始まっている。相手が無力であればこその強硬姿勢なのだ。

「池に落ちた犬は叩け」そのままだ。




38度線を越境した北朝鮮軍は一気にソウルを占領し、李承晩は軍民を残して釜山まで敗走した。

そして日本の山口県に亡命政府の建設を要求するがマッカーサーによる仁川上陸作戦の強行によって補給路が延びきっていた北朝鮮軍を押し返す。

中朝国境の鴨緑江まで進軍した連合国軍は、北朝鮮の要請を受けていた中華人民共和国軍による反撃を受けることとなる。

李承晩大統領はもともと「北進統一」を主張していたために祖国統一の好機ととらえていたが、中国の参戦によって夢はついえる。

38度線を境界線としていたのは連合軍とソビエトだったが、ソビエトはアメリカとの直接交戦を避ける意味で毛沢東率いる中共に肩代わりを求めた。

その後戦況は一進一退を繰り返すとともにアメリカ大統領がトルーマンからアイゼンハワーへと代わり、ソビエトのスターリンも死去した。

両陣営の指導者が交代したことで状況は安定化へと変化し、1953年7月27日に休戦協定が結ばれるが、あくまでも北進統一を主張していた李承晩は調印を拒否。

したがって休戦協定は朝鮮人民軍(金日成)、中国人民軍、国際連合軍の三者の合意によるものであって、大韓民国は休戦協定に参加していない。




次に中共の近代史だが、蒋介石率いる中国国民党を破った毛沢東はソビエトの影響力を背景にして共産党政権を打ち立て、「大躍進政策」を進めたのが朝鮮戦争後の1958年からだった。

毛沢東は数年間で米英を追い越すことを夢見て農業と工業の大増産を計画した。これはフルシチョフによるソビエトの増産計画に触発されたものだった。

しかし数値目標だけを人民に押し付けた結果として、無理な増産計画を押し付けられた人民の生産能力は逆に低下することとなって数千万人という餓死者を出してしまった。

経済の素人である毛沢東が、経済を簡単な活動であると軽視して知識も技術もない人民に鉄鋼製品や建築資材などの増産を命じた。

それは農産物に対しても同様で、増収を図るためには抵抗となる要素を単純に排除すれば良いとする指導がおこなわれた結果、自然界の破壊を進め莫大な凶作や連作障害などを招いてしまった。

中国共産党が各地に共産党幹部を置き、彼らの昇進が報告数値に基づくとして、虚偽の報告や賄賂の横行などを産んだのもこれが原因だった。

地方幹部は虚偽報告を隠すために人民から無理な徴収を繰り返し、食料に回すべき穀物さえも徴発したことから大規模な餓死者を出してしまった。

この政策の大失敗を認めて毛沢東は国家主席を辞している。

その後鄧小平などが経済立て直しに動くが、失脚したはずの毛沢東が権力奪還をもくろんで巻き起こしたのが文化大革命だった。

毛沢東の目的は、共産党内の政敵を追い落とすことであって、社会主義運動はその言い訳に過ぎなかったのだ。

毛沢東の大躍進政策の失敗を受けて市場経済を導入しようとした鄧小平を追い落とすために、毛沢東は紅衛兵(こうえいへい)を扇動し、知識人・富裕層・共産党幹部などを一族もろとも粛清するよう仕向けた。

その紅衛兵が暴走を始め、毛沢東の制御能力を超えて全国へ拡大する。

プロレタリア革命とも呼ばれるこの革命は、1966年から10年間続いた。

これによって知識層や文化人などがことごとく殺害され、1億人近くが何がしかの被害を受けたとされている。

文化大革命という国家的混乱は「四人組」を中心として継続されたが、毛沢東は1976年に死去する。

ちなみに中国の国旗は赤地に黄色い大きな星が一つと小さな黄色い星が四つ。これが誰を指しているかはもうおわかりですね。

中国共産党の全体会議では、文革時の死者を40万人としているが、1000万人とする研究者もいるようだ。




結局、社会主義というものは一歩間違うとポルポト政権のように大量殺りくに走りやすい危うさをはらんでいて、毛沢東の行いが現在の習近平に見事に重なって来るから不気味である。

また、日本の責任を問うている「南京大虐殺」というものも、こうした中共の「隠したい歴史」に砂をかける意図であったことが読めて来る。

いかがだろうか、李承晩と毛沢東という二人の人物が東アジアに与えた影響の大きさがおわかり頂けるだろうか。

彼らのDNAを受け継いでいるのが、朴槿恵と習近平なのである。

何か日本に関係がある? すべて終戦後に起きたことなのに。




どうして日本の学校の先生は教えないのだろう。






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