日本の変化

今年封切られた映画に特徴がみられる。

ひとつは日本とトルコの合作映画が「海難1890」だった。

これは1890年(明治23年)9月に、オスマン帝国が親善訪日使節団を軍艦エルトゥールル号に乗せて来日したものの、その帰路において和歌山県串本町沖で暴風雨(台風?)に遭い、乗組員618名が遭難した事故のことである。

これを受けて、串本町の住民が献身的な救助活動をおこない69名を救う。

暴風雨の影響で自分たちの食糧も乏しい中、救助したトルコの人々に食糧や衣類を提供しトルコへの帰還を助けた。

このエルトゥールル号の話は、実は日本人よりもトルコの人々の方が詳しい。自国の歴史教育で繰り返し教えられて来たからだ。

時は流れ1985年、イラン・イラク戦争が起こる。

サダム・フセインはイラン上空の航空機に対する無差別攻撃を宣言し、このことを受けて在イランの自国民救出が各国で模索された。

複数の国が救援機を飛ばしたが、日本政府は危険だとの理由で応じなかった。

テヘランに残された日本人は215人。

まだ500人近いトルコ人がテヘランに残っていたにも関わらず、トルコ首相は日本大使館の救助要請を快諾する。

その根底には「エルトゥールル号」の記憶があったからに他ならない。




もうひとつ注目を集めた映画がある。

東宝が制作した「杉原千畝」である。

これは日本でもよく取り上げられている話なので有名だが、杉原には表の顔と裏の顔があった。諜報外交官だったのである。

満州国や、ナチスとソ連の不可侵条約などが背景に流れる。

ナチスはソ連との不可侵条約によってポーランド侵攻を始めるが、その裏にはソ連の「東ヨーロッパの分割支配計画」があることを杉原は諜報活動の結果知る。

しかし日本はナチスとの同盟を考えていたために杉原の報告をしりぞける。以前このブログにおいてご紹介した「パープル暗号」とは、この時に日本外交官が使用していた暗号電文である。

ナチスからの迫害を逃れてリトアニアへ来ていたユダヤ人は、ナチスと同盟を結んだソ連の手から逃れるために日本領事館へビザの発給を求める。

ナチスによるポーランド侵攻を受けて逃れて来たユダヤ人たちは、西ヨーロッパ・ルートを諦め極東ルートを選んだ。

そのために日本のビザが必要だったのだが、日本政府は内密には満州国をユダヤ人の国にしようとしていたという説もある。まだイスラエルという話が出る前のことだった。

結果的には日本の外務省とは食い違うかたちで、杉原は約6000人へ手書きのビザを発給する。

映画ではここまでのストーリーだが、ユダヤ人たちはシベリア鉄道を経由してウラジオストクに到着する。

日本の外務省は彼ら難民の受け入れに難色を示したが、ウラジオストクの総領事代理だった根井三郎という人物が「一度杉原が発行したビザを無効にする理由がない」と本省に抗議した。

根井はハルビン学院で杉原の2期後輩だった。

ハルビン学院とは南満州鉄道の総裁だった後藤新平が設立したロシア語の専門学校だった。

そのハルビン学院のモットーはこうだ。「人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そして報いを求めぬよう」。

根井の努力によって避難民たちは敦賀港に続々と渡った。

その後のことは全米ユダヤ人協会が動いている。

これは「命のビザ」として語り継がれている。




かつて日本の映画界に一つの流れがあった。

タロとジロを取り上げた「南極物語」であり、忠犬ハチ公を扱った「ハチ公物語」である。

戦後の日本人の誰もが知っている話を、映画化するのが流行ったものだ。

それまではヤクザ映画や横溝正史などの恐怖映画が続いたが、ほっとするような題材を社会が求めたのだろう。

それに対して今年の映画は明らかに路線を変えて来ている。

いわゆる「日本人のプライド」に訴えかける作品なのだ。





これまでの日本は「自虐史観」に満ちていた。

日本の良さを教えることをGHQが禁じた。日教組を作ったのもGHQだ。

いわゆる「ウォーギルト・インフォメーション・プログラム」というもので、徹底的に右翼思想を破壊しようとした。

ヒロシマ・ナガサキに原爆を投下したのもそうで、欧米は日本人の精神性を極度に恐怖していた。

そうしているうちに、中国で捕虜になっていた兵士らが帰国した。完全な社会主義洗脳を受けた人々が。

日本人が「骨抜き」になったことを見届けた韓国が「韓流ドラマ」「KPOP」なるものを押し付けて来た。

これは韓国が悪いのではない。「骨抜き」になった日本が悪いのだ。





その「骨」が日本に戻った。

東日本大震災というあまりにも大きな犠牲を払うことで。

ひがみにひがんでいた日本人が「あれ?」と気が付いた。「やればできるじゃん」と。

「なかなかのもんだ」と世界中から絶賛された。

「日本はすばらしい」とまで評価された。

だから日本の不祥事ばかりを取り上げるメディアが出て来た。

五輪マークのパクりだとか、マンションだとか、化血研だとか。

確かに深刻な話ではある。

悪行が絶えない。テレビを見ているとそんな憂鬱に苛まれる。あっちでもこっちでも殺人事件ばかりだ。

どうかすると下着泥棒をする政治家まで現れる始末。

しかしコレは「悪意あるチョイス」なのではないかと考えた。

「でなければ、こんな映画が出て来るはずがないじゃないか」

テレビとは「ちがうんダ~!」




こんどは台湾で有名な日本人。ここでも後藤新平の名前が出て来るんだが、やはり八田與一だろうと思う。

待てよ、アフガンを緑化した医者がいたな。

東宝さん、題材は豊富ですな。





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No title

「報道ステーション」の古舘伊知郎氏、来年3月末で番組を降板。
取り敢えず、祝杯。でも番組の姿勢は変わらないだろう。
せめて、あのように下卑たモノが画面の前面に出るのだけは、勘弁願いたいものだ。

「ブラブラと」さん

> 「報道ステーション」の古舘伊知郎氏、来年3月末で番組を降板。

ほう、初耳です。ってか、あの御仁にはまったく関心がないんです。
プロレス中継で、ありとあらゆる形容詞を使って言葉遊びをやっていた。プロレスだから許せたんです。予定調和の世界だから。
しかしF-1GPの中継に乗り込んで来たでしょ。「こいつナニ考えてんだ」というもの凄い反感を覚えた。
「お前のような遊び半分が来る世界じゃないぞ」と。
それから私の中では古舘は消えた。当然報ステも視聴拒否。どんな騒ぎを起こそうが、どんな失敗をやらかそうが、観てないものは知りもしない。残ろうが消えようが知った事ではない。
朝日新聞が何を書こうが関心がないのと同じです。
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