朝鮮三国時代

お困りの国の現在の大統領は2012年の12月19日の投開票で選ばれた。

有権者総数は4千万をわずかに超える数字で、投票者数は3千万人あまり。すなわち投票率は実に75.8%にのぼった。

当選した候補者が獲得した票は、全体の51.55%であり、民主化以降の大統領選挙で初の過半数を獲得して大統領に選ばれている。

選挙には6名の候補が立ったが、当選した候補が51.55%、次席が48.02%、以下はすべて1%未満であった。

次席だったのは民主統合党の候補者だったが、当選者(赤)と次席(黄色)の住み分けは以下のようになった。

385px-South_Korean_presidential_election_2012_svg.png


以下に歴代大統領の出身地を書き出してみる。

1~3代:イスンマン 黄海南道(現在の北朝鮮西部)

4代  :ユンボソン 忠清道

5~9代:パクチョンヒ 大邱

10代 :チェギュハ 江原道

11~12代:チョンドファン 慶尚南道

13代  :ノテウ 大邱

14代  :キムヨンサム 慶尚南道

15代  :キムデジュン 全羅南道

16代  :ノムヒョン 慶尚南道

17代  :イミョンバク 大阪市平野区

18代  :パククネ 大邱

以上である。

こうやって見て来るとあることに気が付く。

かつての三韓統一以前の「高句麗・新羅・百済」である朝鮮三国時代における百済(くだら)地方の出身大統領は4代のユンボソンと15代のキムデジュンだけなのだ。

そして圧倒的に多いのが新羅(しらぎ)地方の出身者だということになる。

これは偶然ではなく、2012年の大統領選挙で有権者がどっちを支持したかを示す上記の地図に見られるように、三国時代から続く新羅と百済の対立意識が現在まで続いていることを意味している。

倭国(日本)と交易を持っていた百済は新羅と対立していた。

たびたび境界線争いで戦いを続けていた。

そこで新羅は唐と同盟を組み百済に勝利する。

百済には倭国が加勢をしたが、勝利したのはどちらかと言えば唐の軍勢が強かったからだとの見方もある。

その証拠に唐はその後高句麗に攻め入って滅ぼしている。

唐に頭が上がらなくなった新羅は、その後属国として朝貢するようになる。

属国なのだから唐にはひれ伏すのだが、百済に対しては主人のような態度に出る。

いや、人間ではないような扱いが当然のようになって行った。

こうした激しい地域差別というものは日本にはあまり見られない。

そのために日本人にはなかなか理解できないのだが、これがお困りの国の現状なのだということを頭に置いておくと、様々な虐殺事件や騒乱デモなどの近代史が徐々にわかって来るようになる。

特に、県知事が替わってからの沖縄が、なにやら激しい地域差別を受けているかのような発言を繰り返していて日本国民を困惑させている。

しかし、朝鮮流の思考ではないかと仮定するならば「なるほどね」と思えなくもないのである。

「自分がそうなのだから、相手もきっとそうに違いない」

あのね、日本人は犬は食べませんよ。




南朝鮮が真の民主化を図るためには、「新羅」から卒業する必要があるのかも知れない。無理だとは思うが。





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