農民戦争

前回の『中国残留孤児』の記事の中で少しだけ触れた、李氏朝鮮時代の農民戦争について軽く考察してみようと思う。

これには朝鮮の身分制度が深く関わっていて、大きく分ければ両班・中人・常人・賤人の区別である。

両班というのは文班と武班を総合した呼び名であり、労働に従事することなく儒学だけを学んで官職に就くことができた。

彼らの資産は、李氏朝鮮の建国時に功績があった家臣らが宮殿から褒美として広大な土地を下げ与えられたものを、世襲で守り継いだものであり、この土地の地主として奴婢などに貸し与えていた。

それがために「労働は賤しい者の仕事である」といった風潮が固定化してしまった。



ところが李氏朝鮮の時代が何百年と続くうちに、世襲で徐々に増えて来た両班が庶民の負担能力を超えはじめた。

現代の日本で言えば、年金保険料を払う若い世代が、受給者を支えられなくなっている、そんな構図である。

甲午(こうご)農民戦争とは1894年に朝鮮で起きた農民による内乱のことで、日本と清国が介入したことから日清戦争に発展している。

しかしこの内乱の本来の原因とは、両班の数が増えすぎたことであるとともに、当時の朝鮮の社会構造の歪(ひずみ)だったということができる。


このことを客観的に見て来ると、現在の中華人民共和国の格差社会に当てはまるのではないだろうか。

いやいや、年金も含めた社会福祉の在り方が限界に近付いている日本がまさにそうなのかも知れない。

ただ一点だけ、現代の日本人が忘れなければ。

「労働は尊いものだ」という風潮を語り継いでゆく必要があるのではないか。

ブラック企業を駆逐することが、現代版の農民戦争なのかも知れない。




皆さん、ご機嫌よう。






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