備忘録

かつて現役だった頃、私はシステム手帳を使っていた。
そこには住所録だの電話番号だの日記だの何だのかんだの、およそ生活と仕事に必要なもののほぼすべてが収められていた。
だから絶対に紛失することは許されなかった。
黒革の手帳という松本清張の小説があるが、仕事の時も休みの時も飲みに行く時まで私はそのシステム手帳を常に携帯していた。

そしてダイアリーの部分だけを毎年年末になると買い替えて、一年分の記録をファイルした。

新し物好きの同僚は電子手帳なるものを使って悦に入っていたが、先週や先月の記録を引き出すのに手間がかかるように見受けた。

現役から身を引いた私は、それほど毎日の行動や予定を書き込む必要を失った。
取り引き先との打ち合わせがあるわけでもなく、出張の予定があるわけでもなくなった。

最後に床屋に行ったのはいつだったか、オイル交換はいつやったか。
他愛もないことおびただしい。
病院の予定ならカレンダーに書いておけばそれで済む。

いつしかシステム手帳のダイアリーを取り換えなくなった。
笑点に出て来る三遊亭好楽さんではないが、手帳の白紙部分が目立つようになった。

しかしある人から言われた。
「何かの嫌疑がかけられた時のために、備忘録はつけておいた方が良いよ」と。

そんなものなのかと思い、パソコンの表計算ソフトを使って1年分のダイアリーを作った。
1日ごとに改行して、気温と湿度を書き込む。午前中は何をした、午後からは何をした、と書き込む。それを月ごとにまとめると月ごとの平均気温と平均湿度が自動的に欄外に出る仕組みを作った。
主婦ではないから家計簿まではつけない。
これを備忘録と呼び、かれこれ10年近くになる。

しかしそれだけでは不十分なことがあって、「あの人が亡くなったのは何年前だったかな」という時のために、別に年表というものを作った。
それは1枚ものの記録で、1年が1行になっている。その年の何月何日に誰が亡くなり、誰が生まれ、誰が結婚したか、などを書き込む。
どんな病気をしただとか、タバコをやめたのはいつだったか、などが一目瞭然になるようにした。
年末に「備忘録」を新しくするついでに、「年表」を1行増やすだけだ。

それを見ながら、1年ごとに新しくする「備忘録」の方に、(この日は誰の命日か)などを先に色文字で書き込んでおく。
そして、知人の誕生日などには数日前にささやかな物を送ったりすると感激してもらうこともできるようになった。
義母の命日を覚えていると、夫婦仲も悪くならない。

この「備忘録」と「年表」の二つは、書き換え不能のCD-Rに保存している。

これはあくまでも「記録」でしかなく、日記と呼ぶほどの中身はない。思った事、考えた事などは書き込んでいない。
だから私が感じたことなどは、浮雲のように浮かんでは消えるものでしかない。
そもそも、何かを残さねばならないほどの価値がある生き方をしているわけではないのだから。

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No title

 私はやることなすこと、ちっとも合理的でなく、思いついたらすぐそれに執着してしまって、他の事を忘れてしまいます。
 そんなだから、「備忘録」という言葉にロマンさえ感じてしまいますが、考えてみれば、備忘録って仰るように実務的なものなんですよね。
 何しろ計画的にいろんな物事を並行してやっていくためには必須のアイテムが備忘録で、何かに執着してしまうような奴には全く使いこなせない。そんな奴はなかなか大事業はできません。
 そう考えると「備忘録」にロマンを感じる、なんて妙な神経ですかね。
 あ、いや、もしかしたら「掟上何とか(名前、忘れました)の備忘録」ってテレビドラマを見たから、影響されたのかな?
 どうでもいいことを書いてしまいました。

Re: No title

ドラマは基本、良く書けている脚本でなければ観ませんなぁ。
だから仰るドラマは知らない。
売れた漫画を実写化したような、姑息なドラマは特に観ない。「バットマン」だとか「スパイダーマン」だとか「ちびマル子」だとか。
良く書けた「お話し」を観せられたい。
そうは思いませんか?
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