オーストラリアで起きていること

やはり我々日本人はかなりの部分をマスコミによってコントロールされている。
「報道の自由」という名のもとに、「報じない自由」というものもあるらしい。
沖縄のプロ市民らのことや4本爪の龍門のこと、プラザ合意の前と後の違い、年金基金を使った株式市場の操作、いろいろある。

その中でも、今回はアメリカのジャーナリスト、マイケル・ヨン氏がみずからのブログに載せた記事から拾ってみたい

http://michaelyonjp.blogspot.jp/

オーストラリアでの取材活動の途中報告のかたちを執っている。
シドニーは国際都市であり数百の人種がいるに違いないと書かれている。すなわちアメリカと条件は同じだということになる。

韓国がアメリカに持ち込んだ慰安婦問題について、オーストラリア在住の日本人に話を聞いた。
ある日本人女性は、彼女の友人がカリフォルニアのグレンデールの近くに35年ほど暮らしていたという。
アメリカの市民権を持ち、USAを愛していたそうだが、市民権を放棄しすべてを売り払って日本へ帰国したという。
韓国系アメリカ人からのたび重なる嫌がらせもそうなのだが、アメリカそのものに裏切られたという感情があるらしい。
それほどの理解がアメリカ側にあっただろうか。
(オーストラリアの)ストラスフィールドでもし慰安婦像が建立されるならば、自分もすべてを売り払って日本へ帰国すると言ったそうだ。

ところがストラスフィールドでは似たようなことが起きていた。

100年前に起きた、オスマン帝国によるアルメニア人約150万人の虐殺行為に対する追悼祈念式典が今年4月にアルメニアの首都エレバンで行われ、フランスやロシアなど約60か国の首脳や外交官らが出席した。
フランスのオランド大統領は、オスマン帝国の後継国家であるトルコに対しアルメニア人虐殺を認めるよう述べ、ロシアのプーチン大統領もトルコを非難した。
ロシアはウクライナ問題による西側との関係修復を、トルコを非難することで図ろうとしている。国際的孤立からの脱却の方法として、アルメニア人虐殺を利用しようとする意図が見え隠れしている。
アルメニアのサルキシャン大統領は「100年前の出来事を忘れぬことを誓っていただいた出席者の皆さまに感謝する」と語ったものの、アメリカをはじめとする多くの国が出席しなかったことからもわかるように、国際世論が必ずしも一致していないことを示している。
この虐殺事件に関しては、トルコが猛反発しているのは当然だとしても、アメリカも「ジェノサイト」という表現を避けており、ドイツのシュタインマイヤー外相も「複雑な過去を一つのレッテルで済ますことはできない」と語っている。

こうした報道は日本ではほとんど見られなかったが、トルコを挟んだ東西陣営が綱引きをしている訳であって、日韓の外交問題とそっくりなのだ。

そして、なぜマイケル氏がオーストラリアへ取材に行ったかというと、このストラスフィールドにアルメニア系のオーストラリア人が「ジェノサイト」の記念碑を二つも建てたことに由来している。
このことはアルメニアとトルコとの論争を勝手にオーストラリアに持ち込んだ形になっていて、殺しの脅しや警察の介入などといった多くのトラブルが予想されるとオーストラリア人は警戒しているらしい。
まるでアメリカのグレンデール市議会が韓国系市民団体の圧力で慰安婦像を公共の敷地に建設させたことと同じであって、日系市民が財産を売り払って帰国する事態になっていることと同じことが、オーストラリア在住のトルコ系市民においても起こる可能性が指摘されている。
外国で起きた、しかも古い話が関係のない外国に持ち込まれる。
こうした話は知らなかった。
確かにアメリカはトルコに空軍基地を置いていて、ロシアをけん制している。
日本もアメリカ追従の政策をとっているだけではなく、トルコが特筆すべき親日国である点も理解している。
だからこうした祈念式典のニュースが流れないのだ。

大東亜戦争が終結したのが70年前。従軍慰安婦がいたとすればそれ以前のことになる。先日亡くなった「元慰安婦」のお婆さんは80歳だったそうだ。(はい、ここ笑う所)
オスマントルコがアルメニア人を殺したのは100年前のことである。

マイケル氏は言う。「韓国人たちとアルメニア人たちは、戦場を韓国とアルメニアに持ち帰って我々をほっといてくれ。」

このあとマイケル氏の論調は韓国のGDPにおける売春ビジネスの比重の話へ発展し、さらにはこれらが中国による戦略的パワープレイだと指摘している。
韓国系アメリカ人が反日のための像を建て、日本の沖縄市民が駐留米軍へ反対している。
つまり中国は自分の手を汚さずして、手なずけた飼い犬に吠えさせていると指摘する。
なるほどと感心するしかない。


やはり新聞やテレビだけ見ていては、世界から取り残されて行くようだ。


皆さん、ご機嫌よう。




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No title

 この一ヶ月余り、テレビもネットも新聞もない環境にあって、ラジオから流れる情報だけを聞いていると、いろんなことを考えさせられました。
 結局ネットだって同じこと。ラジオだけ、テレビだけ、新聞だけ、という人はともかく、大半の人はネットからの情報を同じように入手できる機会はある。「なのに入手しようとしない」。

 そう思ってきましたが、入手はしてるんですよね、おそらく。
 でも、大方は入手した時点で、ゴミ情報だ、ニセ情報だとしているからこそ「今(の何も知らない、考えない状態)」があるんじゃないでしょうか。
 やはり、要は「志」、なんじゃないか、と。
 戦後体制の中で育った、今、七十代前半の人までは基本、人間の精神の高上であることを(少なくとも日本人は)信じてはならない、という感じ方、それに基づく考え方の中で育ってきています。

Re: 三つ太刀どの

> 百田さんがあちこちに喧嘩を売っているのは、特定の見方だけでは偏ってしまうから。
> 沖縄の新聞をどうだこうだと。
> 人間も社会も「多面体」なのだから、いろんな角度で攻めて行く必要がある。
> 河野さんが朝〇新聞だけを愛読していたというのは有名な話。
> フジテレビでも嘘のテロップを出して「お詫び」をやった。
> 複眼視すべき時代に入っています。
> 広帯域受信機で、いろんな電波をキャッチしなければならない時代に入っています。
> 自己責任として。
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