活き活きする方法

最近よく耳にする言葉が「ブラック企業」や「社畜」というもの。
つまりいやいや仕事をしている社会が見えて来る。

政府も残業代の不払いを認める政策をとったり、あるいは派遣社員をずっと使っても良いような法案を提出している。

人が働くということは、ギブアンドテイクのバランスがとれている必要があって、どちらか一方に利がある行政であってはならない。
そのような社会は長くせずに崩壊する。

ただ、私はこのブログで今年正月に「努力は夢中に勝たない」という言葉を皆さんにご紹介した。

私はリタイヤしたが、現役のころの仕事は楽しかった。残業どころか休日出勤まで無給でやった。楽しかったからだ。
当然仕事仲間は「趣味が一致するマニア同士」といった雰囲気で、仕事帰りに飲む酒も美味かった。
いやいやの仕事をしていれば、おそらく仕事の後に酒まで飲む気にはならなかったはずだ。

そして気持ちの良い酒を飲んで帰るから女房どのも不平を言わなかった。
日曜日も朝から喜々として会社へ向かう夫を彼女は笑顔で見送った。

当時の私は「努力に勝る夢中」だったのだと思う。

だが、総務課から苦情が来た。
「あなたが時間外を申告しないので、他の人が迷惑しています。最低限の申告はするように注意してください」

格好の良いことを言っていると思われるかも知れない。
しかし研究者とか設計者とかいう職人の世界では、ごく当たり前のことだと思う。
結果や成果が楽しみでしかたがない。

美容師であれ料理人であれ大工であれ、およそ職人の世界で生きて行こうとすれば、残業などあってなきがごときものだ。
ただここからが問題なのだが、そうした「夢中」を利用して、雇用者側が暴利を貪ろうと企んだとしたら、それは反社会的行為として糾弾されるべきである。
いわんや政府主導で派遣社員の使い勝手を良くする法案を出したとすれば、「誰の利益か」ということになって来る。

私は常々言って来た。
「やりたいこと」の円と「やれること」の円を描けと。
そして、その交わった部分で生きて行ければ幸せだと。

ところが人生それほどうまくは行かん。
「やれることではあっても、やりたいわけではない」という部分で生きなければならない人がいる。
あるいは「やりたくはあるけれど実力が足りないから必死に頑張っている」という人もいる。
「やりたいことばかり追っかけて、いつも転職ばかり繰り返す」という人もいる。

思うにやりたい世界で生きながら、すこしだけ「やれること」が足りない、いわゆる「実力不足」の立ち位置に立つことを「夢中」と言い替えることができるのではないかと。
円の重なりで言うならば、重なった部分から少しだけ逸れて「やりたいこと」の範囲に偏った場所。
ここが生き生きとすることができる位置なのではないかということ。

リタイヤしてからそんなこと気付いてど~すんねん。

皆さん、ご機嫌よう。



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