枯葉剤戦友会

韓国でハンギョレ新聞株式会社が設立されたのは1987年12月のことだった。

資本金は円にして約31億円、創刊日は翌年の5月だった。
姉妹誌には、週刊誌「ハンギョレ21」や映画週刊誌の「シネ21」、経済誌「エコノミーインサイト」などがある。
ウェブサイトの日本語版では japan.hani.co.kr というものもあるらしい。

株主構成は圧倒的に小口株主が多く、公開株の95.3%までが200株以下である。
このことは、大規模資本にゆだねる新聞ではないことを意味していて、信頼度のアンケート調査では堂々の7年連続1位に輝いている。
そのパーセンテージは1位のハンギョレが23.4%に対して、京郷新聞が3位10%、朝鮮日報は8位1.9%、中央日報が9位1.5%となっている。(中間位は放送局)

我々日本人は、聯合ニュース(5位6.3%)や中央日報などの社説や論調に接する機会が多いが、実際に韓国の民衆が信用して選んでいるのは実はハンギョレなのである。

このハンギョレが出している週刊誌「ハンギョレ21」が1999年5月6日の第256号において特集記事を掲載した。
その名は『ああ、震撼の韓国軍』、ベトナム戦争に参戦した韓国軍のことである。

そこでは現地取材をおこなった記者ク・スジョンによる写真付きの取材記事が数ページにわたって、韓国兵士による民間人への虐殺と暴行と強姦と焼き払いのことなどが詳細につづられていた。
(詳しい記事を日本語でお読みになりたければ↓をコピペしてください。ただし、かなり刺激的な記事なので閲覧注意といったところでしょう)
 http://www.altasia.org/hangyore/hangyore99256.htm
本文ではこう結んでいる。
「歴史は私たちに疑問符ひとつを投げかけている 果たしてあなたたちに真の反省はあるのか」と。

その後同年10月の第278号においては『ベトナムの怨みの霊を記憶せよ』
11月の第282号では『兄さんの重荷を減らしてください 韓国とベトナムの読者の手紙』
12月の第287号では『ベトナムの熱い感動』
2000年6月の第312号では『勲章を捨てた父』と連載が続く。

韓国陸軍および海兵隊の退役軍人で組織する「枯葉剤戦友会」という団体がある。正式名称は「大韓民国枯葉剤後遺症戦友会」という。我々は加害者ではなくあくまでも被害者だという意味である。
これがハンギョレ21の特集記事に激怒し、ハンギョレ本社を包囲したのが2000年6月27日午後2時のことだった。
彼らは迷彩服に身を包み、鉄パイプや角材などを手に2400名が集まった。

機動隊とのにらみ合いが続いたが、大声で抗議活動を続けている内に徐々に興奮がピークに達し、ハンギョレ本社の窓ガラスを叩き割り、建物内部の事務機器や印刷機などを破壊。
16万枚に及ぶ書類を燃やし、送電を遮断して同社の業務を半日にわたって中断させた。

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この団体は今年2015年の4月9日に韓国・大邱(テグ)の慶北大学キャンパスで開かれた講演会「ベトナム戦争時に、韓国軍兵士による民間人への暴行・虐殺を受けたベトナム人の証言」に駆け付けた。
講演のために韓国を訪れたのは、虐殺事件の生き残りであるグエン・タン・ラン氏(63)とグエン・ティ・タン氏(54)の二人だったが、戦友会は主催者に対して「殺してしまえ!」「学長は辞任しろ!」などの怒号を浴びせ、講演会場を騒然とさせている。

ベトナム戦争時の韓国軍による民間人の犠牲者は9000人にのぼると推計されているが、韓国社会では長くタブーとされていた。

この戦友会はそもそも朴正煕政権時に派兵された組織であって、その娘である朴槿恵大統領の強力な支持母体となっている。

コレがあるからこそ朴大統領は「被害者」を演じ続ける必要があるわけだ。

迷彩服を着て、ソウルの路上で安倍首相や橋下大阪市長の顔写真を燃やし、キジを引き裂き、旭日旗を踏みにじる。そうしたパフォーマンスを繰り返す団体とは彼らのことなのだ。

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朴大統領が直視しているのは、歴史の真実ではなく、作られた被害者という虚像なのである。

よって朴政権が国民全体の支持を失い失速することになれば、自動的に浮上してくるのがこの「ベトナム戦争時の虐殺」および「韓国軍によるベトナム慰安所」の問題なのである。


皆さん、ご機嫌よう。



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