李承晩の再来

韓国の朴槿恵は、父親である朴正煕の再来などではない。
朴槿恵は李承晩の再来である。

李承晩が強硬路線を続けたために、アメリカの国務長官は東アジアにおける防衛ラインをアリューシャン列島~日本列島~沖縄諸島に限定し、台湾と朝鮮半島を除外した。
このことによって、金日成率いる北朝鮮は防衛ラインから外された大韓民国へ侵攻し朝鮮戦争が勃発した。

李承晩がアメリカを怒らせた結果がこのような形で歴史に残された。
現在、日本と韓国の間に竹島問題が残ったのも、李承晩に原因がある。
数千人もの日本人漁民が韓国に拿捕されたのも李承晩政権の強硬路線に端を発していた。

現在の日米韓関係はこの時代とそっくり同じだ。
産経新聞の記者はいまだに出国停止の処分を受けている。
水泳選手は窃盗容疑がかけられたままだ。
盗難に遭った仏像も返還されないまま放置されている。
国際条約や基本的人権などを根本から無視しているのが現在の朴政権であって、国内では米軍慰安婦の問題やベトナム慰安婦の問題などが、蛆(うじ)が湧くように彼らの足元を崩している。
まさに李承晩の再来だ。

第二ロッテワールドに代表されるように建築物はいつ崩れ落ちてもおかしくない状態にあり、道路の陥没も相次いでいる。
韓国経済はすでに崩落の一途をたどっており、軍備も賄賂と着服によってまともに完成していない。
そこへ来て朴政権は、中国とアメリカを両てんびんにかけるかのような行動に出た。
それなりの美女が二人の男を振り回すのであれば話がわからなくもない。しかし、世界各国は韓国にはほとんど価値を見出していない。
自分で思うほど価値のある国ではないのだ。

そこでアメリカに「韓国疲れ」を与えてしまった。
李承晩が勝手に海上に引いた軍事境界線のことを「李承晩ライン」という。
これに対してアメリカ国務長官が東アジアの防衛ラインを引いたのがアチソン・ラインだった。
韓国の独善的な態度に「やれるものならやってみろ」と返した格好になっている。

つまりこの経緯を見れば、今後の米韓関係が見えて来る。
「やれるものならやってみろ」とアメリカに言わせようとしているのが朴槿恵というわけだ。
あまり日本のメディアが触れなくなったから忘れられたかのような印象を与えているが、駐在大使の顔面を斬りつけるという前代未聞の不祥事を起こした韓国を、アメリカが簡単に許すはずがない。
犯行も犯行なら、テロの前科がある人物をマークしていなかった警備当局の本心をもアメリカは疑っている。

李承晩は1960年の大統領選挙において、不正がおこなわれたとして大規模な民衆デモへと発展、四月革命と呼ばれる騒乱を鎮圧しようとする武装警察との間に死者186名を出し李承晩はハワイへ亡命する。
この大統領批判もまた、現在の韓国に見られるようになりつつある。

最後に李承晩の面白い逸話を紹介して終わろう。
1950年6月25日に勃発した朝鮮戦争は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の圧倒的な攻撃で3日後の6月28日には首都ソウルが陥落している。
真っ先に逃げ出した大統領の李は、市民が逃げる漢江に架かる橋を避難民ごと爆破した(漢江人道橋爆破事件)。
そして釜山まで逃げ延びた李は、釜山陥落に備えて日本の山口県に6万人規模の人員を収用できる亡命政府を建設しようとし、日本側に準備要請を行っている。
しかし当時の日本はGHQによる占領下にあったわけで、決定権はダグラス・マッカーサーが握っていた。
最終的な韓国の「生殺与奪」は、いつの時代もアメリカが握っているということを、朴は忘れているらしい。


皆さん、ご機嫌よう。



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