pH調整剤

知り合いのやぶ医者と居酒屋で隣り合ったので、床屋談義ならぬ居酒屋談義を楽しんで来た。

この男、内科医のクセにやたら酒好きで鼻の頭を赤くしている。
「サンタクロースのソリでも引いたらどうだ」とからかうと
「あ、孫と同じこと言いやがる」と相合を崩す。

「カツオの良いのが入ったよ。旬ものだからね」とオヤジから言われては仕方がない。
「たたきで二人前」と注文した。
魚にはビールは合わない。日本酒だ。
どうせなら土佐鶴と洒落込もう。

「こういう店の食い物は安心して口にできる」とやぶが言う。
「どうした、やぶから棒に」
「いやなに、最近コンビニで出来あいの弁当とかサンドイッチとか買って食う若い連中が増えてるだろう?」
「それがどうした」

「冷やで、良かったかね」とオヤジが横やりを入れる。
「ちょいとヌル燗で」と返事してやぶの続きを催促した。

「食中毒を防ぐ苦心はいろんな企業がやってるんだが、こういった個人商店なんかの場合は『営業停止三日間』とかで済む。しかしハムなどの食品企業は出荷分を回収させられる大問題に発展する」
「あれ、何千ケースとか回収して、それをどうやって処分してるんだろうな」
「本業そっちのけで対応しないと、企業イメージに傷がつくから必死こいてやるわけだ」
「イオンなんざ続けざまだったからな」
「そうした事態に陥らないように、転ばぬ先の杖ってんでコンビニ業界が食品添加物を、そりゃもうじゃんじゃん入れてるのさ」
「コンビニが?」
「そう、独自開発した製品や弁当や調理パンなんかが売れ筋だろ? 本来なら防腐剤を使いたいところなんだけど、表示法で規定されていて『保存料(ソルビン酸カリウム)』などと書かなくちゃいけない規則になっている。」
「まぁな」
「ところが最近の消費者は、商品の裏をひっくり返して原材料名を確認するクセが付いてきた。だから保存料なんて書いた日にゃ誰も買わなくなってくる」
「でもさ、コンビニの食材なんて、一定時間がたてば『もったいない』と言われるほど厳密に廃棄してるじゃないか。そんなに厳しく品質管理をしているのにじゃぶじゃぶの添加物なんかいれてる? どこか変じゃねぇか?」
「それだけ食中毒が怖いのさ。いや怖いのは食中毒なんかじゃない。商品の自主回収が途方もなく凄いことになるからだ。今じゃセブンにしてもローソンにしても、日本のどこかで事故を起こしたら全国の店舗の営業に影響する時代だ。念には念を入れてんのさ」
「だったらどこのサンドイッチが安全なんだ?」
「食材を卸している大手商社が入り込んでいるから、どこが安全かはわからんだろうが、少なくとも大量生産じゃない『手作りパン屋さん』が良いんじゃないかな」

カツオのたたきが出来て来た。
こいつには何の添加物も入っていない。
これにポン酢とスライスしたニンニクで・・・(女房どの、すまん)

「ソルビン酸と書きたくなければ、どうするんだ」
「pH調整剤と書けば良いのさ」
「あ、それ良く見かける」
「これだと保存料というイメージにつながらない」
「どういう薬品なんだ?」
「その名の通り食品のpHを弱酸性になるように調整することで食品の腐敗を抑える添加物。クエン酸やフマル酸、アジピン酸、リン酸塩などといった複数の成分が配合されている。しかもこの調整剤、使用量に制限が設けられていない。FAOとWHOの専門家委員会が安全性を確認したことによって使用上限が設定されなかった。この中でも特にやっかいなのがリン酸塩。これはpH調整剤だけではなく調味料、乳化剤、膨張剤などに幅広く使われている。このリン酸塩を過剰摂取するとまずカルシウムの吸収を阻害する。つまり人体は不足分のカルシウムを骨から溶け出る分でカバーしようとする。その結果イライラしたり突然キレる人が増えて来る。カルシウム不足の原因の多くがリン酸塩の過剰摂取だという学説が広く支持されている。」
「リン酸塩ってな、こわいんだな」
「カルシウムだけじゃないぞ、ミネラル類の吸収も阻害する。特に亜鉛不足を招くとされていて、脳機能の異常の原因になる。亜鉛不足もまたキレる原因になるってわけだ。もう十何年も前のこと、関東地方の通勤電車の中で喧嘩や殺傷事件が相次いだことがあった。あの頃から栄養学の世界ではpH調整剤が疑われ始めていたのさ」

そばで聞き耳を立てていた店のオヤジが、こっそりと調理場で醤油瓶のラベルを虫メガネで読んでいた。

「このリン酸塩が体に悪いという情報は最近出た話ではない。だが、ハムやかまぼこなんかの練り物、あるいは大型スーパーなんかで売られている大量生産の弁当やサンドイッチなどには欠かすことができない重要な添加物でもあるわけで、手放すことができない。そこで悪知恵を働かせて付けた名前が『pH調整剤』ってわけだ」
「すげぇ詳しいなお前さん」
「学会誌に載ってたコラムの受け売りだよ。昨年早くに子豚が下痢で死ぬ感染症が流行した際に、獣医師が指摘したんだとさ。コンビニ弁当の廃棄処分品を与えたことから抵抗力を下げたのじゃないか、ってね。人間の食中毒のように短時間で症状が出るような場合は『確信犯』ということになるけれど、長期間でジワジワと健康が害されることに関しては、コンビニ業界は知らん顔してるわけさ。四半期決算が先だからね。これな、福島第一原発の30km以内に県立高校を建てたことと同じなのさ」
とかなんとか言いながら猪口を口にする。

私は聞いてみた。
「オヤジさん。この土佐鶴、純米酒かね?」
「そうだよ、純米吟醸ではないけどね」
「酒ってな昔から米でできてるのが相場だったんだが、いつのまにか醸造用アルコールなんかで作った偽もんが出回るようになったからね」
「吟醸酒と純米酒は材料が違うのよ。演歌歌手なんかが宣伝している紙パックの日本酒があるだろう。ありゃ全部合成酒だからね」
オヤジが自慢そうに腹を突き出した。

「オヤジさん、調味料の容器に『調味料(アミノ酸等)』といった表示がねぇか?」とやぶが言う。
「ああコレか。たしかにあら~ね」
「その『等』ってのがクセモンなんだよ。リン酸塩のことさ」
「げ!」
自慢そうに突き出した腹が引っ込んだ。

キレるのは酔っ払いだけとは限らないらしい。


皆さん、ご機嫌よう。



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