ラッパーの新入社員

この歳になると、「境目(さかいめ)」というものが見え始めてくる。

どういうことかと言うと、我々昭和の世代は「スパゲティ」は知っていてもそれを「パスタ」とは呼ばなかった。
どうしても「パスタ」を示す場合、それはマカロニのことだった。
ここにひとつの境目があったことになる。

トレーナーとジーンズを組み合わせて着こなすのが誰でもやるカジュアルの基本だったが、最近はトレーナーよりもむしろパーカー(プルアップであれジップアップであれ)が選ばれている。
フードをかぶるのは逮捕された犯罪者くらいしかいないので、むしろ邪魔だろうと思うのだが、若い世代はパーカーを着ている。

最近はやっている着こなしに、長そでTシャツの上に、半そでTシャツを重ね着する方法がある。
アレは若い人でないと似合わない気がして、どうしても腰が引けてしまう。

そしてズボン(パンツとも言うが)の外にシャツの裾を出して着る方法だ。
アウターとして、白のTシャツの上にフランネルシャツか何かで仕上げた場合は、私も裾を出さなくはない。
しかしその上にウインドブレーカか何かを羽織ると、腰のあたりにシャツがはみ出ている違和感がどうしても納得できない。
いわゆる、長そでTシャツの上に半そでTシャツを着るのと意味は同じだ。
「パネェ違和感があんのよ」

高校生がよくやっている「腰パン」。
あれの起源は、囚人服のサイズが合わない刑務所で収監された黒人らがダボダボのパンツでラップを歌ったことだという。
そのどこがカッコイイのか私にはわからないのだが、昔から高校生はボンタンを履いたり、ルーズソックスを履いたりして「社会に迎合していませんよ」という表現をしていたことがある。
「それ変だからやめろ」と言ったところで通じないことは分かっている。

しかし、私がまだ現役で埼京線で通勤していた頃、春先になると決まって乗って来るのが、真新しいスーツの下でワイシャツを出して、背広の上からリュックを背負い、吊り革につかまって少年ジャンプを読んでる若者がかならず現れる。
(こいつを採用した会社がどこかは知らないが、気の毒な会社だなぁ)と思ったものだった。
シートに座った私の目の前に立った若者は、白いワイシャツの下に英語が書かれたTシャツを着ていたらしく、そのアルファベットが透けて見えていた。

若いころ読みふけった曹洞宗の『正法眼蔵』にあった言葉を思い出した。
「威儀即仏法・作法是宗旨」という言葉だ。
意味の説明は省くけれど、アメリカの囚人の真似をしたがる年代に曹洞宗を持ち出しても、意味がないことは百も承知である。

ラップよりはまだ、ジャマイカのレゲェのほうに馴染みがある世代だ。


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