イオンよ お前もか

いやはや何とも世の中はこうも変われるものだったのか。

つい最近まで日本人の世論は新聞や放送局によって操作されていた。
第一次「お笑いブーム」でさんまやタケシが登場し、やがて第二次「お笑いブーム」がナイナイやタカアンドトシを生み出した。
しかし世界情勢が不安定になって来ると、こうしたバラエティ番組は誰かの意図的な民意操作ではないかといった疑問が国民に芽生え始めた。
そこへ一部のマニアだけのものだったインターネットがスマートフォンというツールの普及によって、誰もが手軽にネット検索ができるようになった。
この背景にはアラブの春と呼ばれた民主化要求のデモ隊がフェイスブックを武器にしていたという事情があった。
インフラ整備が遅れ、路上の公衆電話などはコイン目当ての盗難被害に遭うといった事情のために、後進国ほど携帯電話の普及速度は速かった。
携帯電話が普及する以前の香港では、公衆電話がないために無関係なホテルのロビーへ入らなければならず、電話代とは別にドアボーイへのチップが必要だった。

インドではいまだにカーストと呼ばれる身分制度が残っていて、下層階級の人民は決してエスタブリッシュメントにはなれない。
しかし昔に作られた身分制度の区分けにはIT技術者がどの階層になるかが決められていなかった。
テレビやラジオさえがまだできていなかった頃の決まり事だったからである。
日本流に言えば「プログラマーは士農工商のどれに属するのか」と考え込むようなものだ。
つまり下層階級の者でもIT技術を覚えることは誰からも邪魔されない。身分制度の規制がないからだ。
そして、その分野で大企業のトップにさえなれるのだから誰もが勉強した。
だから世界的なプログラマーはインド人が多い。
しかも歴史的にインドでは数学教育がずば抜けている。日本で教える掛け算は「9×9」だがインドでは「99×99」を教える。
こうした下地があるからこそ、世界的なコンピュータ普及が始まると、乾いた砂漠に雨水が吸い込まれるように、インドやアラブでは急速にデジタルITが広まった。

さあそうなると日本でもこれまでのようにテレビや新聞に依存していた国民の情報供給源はWEBへと移って行く。
しかも個人が手にしているスマホやケータイは動画や写真を撮影する機能があって、事故現場などの画像は放送局員が駆けつけるよりもはるかに早く拡散されるようになった。
津波の画像も竜巻の画像も警察官の不法な職務質問までもが一般市民の手によって撮影され、ユーチューブなどにアップロードされるようになった。
警察官などは撮影を妨害しようとするが「公務中の肖像権は認められていない」という主張が正しい。

さらに、電通などの広告代理店が放送局を支配する道具のひとつとして「番組視聴率」という数字を持ち出すが、東芝などの技術によって全番組がデジタル録画できる受信機がすでに出回っている。
この装置を使えば好きな時に好きな番組を再生することができるのであって、これにはリアルタイムな視聴率など何も関係がなくなって来る。
韓国のパククネ政権の支持率が50%を超えたと騒がれているが、これはアンケートの回答率が極端に低くて20%を出ないのだとか。
軍事政権の経験がある韓国国民は政府に批判的な声を上げることが憚れるらしい。するとどういった現象が起こるか。
国民の約2割がアンケートに答えたとして、その約半数が政府支持を表明したとすると、確かに得られる数字は50%に達するけれど国民全体からすれば本当の支持率は20%の半分である10%しかないことになる。
国民の支持率が10%ということになると崖っぷち政権だと言うことができる。
したがって数字はどうにでも操作できるのであって、NHKの紅白視聴率も安倍政権の支持率もあまり本気にしてはいけない。
そもそもこうした「操作自由」の数字を、あたかも真実であるがごとき口調で新聞が書き立てアナウンサーに読ませる。そんな時代はもう終わろうとしていることに本人たちが気付いていない。

もちろんWEBの世界は発展途上であってまだまだ「玉石混交」の域を出ていない。だから眉に唾して目を通す必要はある。
新聞に輪をかけたようなウソ八百の記事があふれてもいる。
しかも韓国が嫌われているために、悪いウワサを流してやろうとすれば「在日」という汚名(?)を着せる場合もある。
人類学的に日本人のDNAを調べてみると、南方起源・大陸起源・半島起源・シベリア起源・アイヌ起源などといった様々な分類ができるらしい。今さら在日在日と騒ぐのもどうかとは思う。
長崎県の対馬が「もともとは朝鮮のものだ」と主張している無学な集団がいるらしいが、その理論を用いれば現在の東ヨーロッパまではモンゴル帝国のものだったという理屈になってしまう。
ルーマニアという国があるが、あれは「ローマ人の国」という意味で、それは東ローマ帝国だったかららしい。
対馬が韓国のものだなどと現代で言うと世界中から大笑いされるだけだろう。

しかしそんな知識はテレビは教えてくれない。
小賢しい安物漫才師が相方の頭を叩きながら、つまらないコントを演じて見せるだけだ。
それどころか高学歴をうたい文句にして、クイズ番組にばかり出る漫才師がいるが、彼が本業の漫才をしている場面を見たことがない。
あるいは漢字もまともに読めないマネキンアナウンサーがニュースを読み、不倫が暴露された司会者が芸能人の離婚を伝えている。
日本人に「バカになっていてください」という意味だ。

かと思えばいかにも真実を報道している格好を見せて偏重報道を繰り返す悪質な番組もなかなか終わらない。
死刑囚だった人物が再審で冤罪の可能性があるとして釈放される場面では、鬼の首を取ったように警察や検察の不適切な捜査を批判するが、日常的には捜査員に情報をもらって流しているだけのメディアは事件発生当初「犯人逮捕」と報じたはずだった。
松本サリン事件の第一通報者を持ち出すまでもなく、メディアは何をやっても許されると勝手に思い込んでいるフシがある。
しかしそうした時代も終わろうとしている。
平家物語にもあるではないか、「奢れる者は久しからず」と。

さて、この「奢れる者」がアンタッチャブルにして来たものがある。
電通と創価学会と東電を始めとした電事連である。
電通は広告代理店だから、民放各局や新聞雑誌などの印刷業界ではエサを運んで来てくれる大事なパトロンなのだが、バーターとして退職者OBなどの受け入れを要求されている。
一方の創価学会は聖教新聞という団体の機関紙を発行しているが、実際には印刷所を持っているわけではなく全国各地の主要な新聞社に印刷を外注している。
つまりイオンのトップバリューのように、不景気で製造ラインがフル回転しない状態にある会社に、製造を依頼して原価を叩くかもしくは恩を売るかのどちらかをしている。
だから聖教新聞の印刷依頼を受けた毎日新聞はよほどのことがない限り創価学会や公明党を批判する記事は載せない。
電事連に至っては非常にシンプルで、発電原価に3%の利益を乗せて良いということになっているために、原価が増えれば増えるほど利益も増えるという簡単な仕掛けになっていた。
だから金を湯水のように使った。「安全神話」などもその方法で作られた「フィクション」だったわけだ。
どうやって作ったか。テレビや新聞を抱き込んで作った。
こうしたテレビや新聞の時代が終わろうとしている。
なくなることはないかも知れない。しかし、日経や朝日がWEBを使った電子版の利用率が伸び悩んでいるとか。
そりゃそうだ。
同じWEBを使うのであれば、何も無理して日経や朝日を読む必要はないからだ。
だから、時代がここまで急速に変化して来ると、ライブドアの堀江の手を振り払ったフジ・サンケイグループは今ごろ路頭に迷っているのではなかろうか。
産経は韓国が主張する従軍慰安婦を「河野と韓国の合作だった」としてスクープ記事を掲載したが、あれはフジテレビが韓国路線に寄り過ぎたことから来る「バランス取り」だと揶揄されている。
フジテレビは一時的な韓流ブームに乗って中年女性層を煽ったツケが今になって深刻化している。

不買運動も増えつつある。
「明日ママ」に限らず反日企業体質の悪質さを指摘されていた花王。
PB商品であるトップバリュが原産国表示をやめた問題から消費者に背を向けられているイオン。
アメリカの本部をカリフォルニア州グレンデール市に置き、莫大な法人税を納税しているネスレ。
Samsungを売りたがり、日本人を「犬の子供」扱いするソフトバンク。
韓国の悪名高い食品会社「農心」と業務提携し、経常利益を25%も落とした亀田製菓。
「日本人を見たらヘドが出る」と公言した反日女優のキムテヒをCMに使ったことに対して、抗議を申し入れた市民を大阪府警に逮捕させたロート製薬。
「鏡月グリーン」という商品広告に「東海(日本海)」という文字を採用したサントリー。
実際より多くのテレビCMを放送したとして経費を増額させ、結果的に脱税に問われたアンファーのスカルプD。

これらのほとんどは既成のメディアではなくWEBで表面化したスキャンダルだ。
つまりそれだけこれまでの日本人は情報隔離されていたということになる。
そして、芸能界やスポーツ界あるいは経済界などの多くに朝鮮系の人脈が根深く入り込んでしまっているという事実もまた、最近まで伏せられていた情報だった。
「え? あの人も?」そういう声は少なくない。
別に在日や帰化人が悪いと主張するつもりはない。ただ、肩をすぼめ背を丸めて日本人に紛れて生きていた有名人の多さに驚かされたという意味だ。
「北の国から」の草太兄ちゃん(岩城滉一=李光一)がバリバリの朝鮮人だったなどと聞けば(ああ、なるほどね。そう言われてみれば納得できなくもないな)とは誰もが思うことである。
彼は出場した自動車レースで走路妨害したとして、相手選手をコース上で殴りつけた前科を持つ。(らしいね)とはその頃から思われていたようだ。

「親孝行」を英語に訳する適当な単語がないらしく、同様に「思いやり」を朝鮮語に訳する適当な単語もないらしい。
最近では「ごちそうさま」と言うと「おそまつさまでした」と返事する若い奥さんが増えているそうだが、「ごちそうさま」の意味は命を頂きましたという意味であってあなたの料理に対する礼ではない。
魚や家畜の肉、または野菜に対する礼が「ごちそうさま」なのであって、これに対して「おそまつさま」では無礼にもほどがある。
親の顔が見たいとは良く言ったものだが、無知な日本人もかなり朝鮮化しているのかも知れない。
マスゴミと蔑まれる既成媒体が韓国・朝鮮を押し売りしていた反動として、WEBの世界でははっきりと日本の価値を示さなければならない。
そう思う今日このごろである。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR