アメリカのゴールデン・グローブ賞

やや忸怩(じくじ)たる思いをしていたんです。

三丁目の夕日にしても、デス・ノートにしても漫画が原作のものばかり。

アメリカ映画にしてもスーパーマンから始まってバットマンだのスパイダーマンだの、挙句の果てにはアイアンマンだのとコミックの映画化のオンパレード。
いわゆる「脚本家はもう要らないよ」というメッセージだったわけ。

だって出資者(スポンサー)にとったら利益を回収してなんぼの世界なのだから、売れるかポシャるか知れない作品に投資をするバカはいないということ。
ヒットしたコミック作品を映画化すれば「そこそこの」利益は出るといった下衆の皮算用だったわけ。
そんなものには興味がない私でした。
考えが貧しいと言うか、芸術作品を作ろうという姿勢がまったく感じられなかった。

私は何も、アクションとかSFを否定しているのではなく、作品を作ろうとするチームの姿勢が貧しいのではないかと言っているだけ。
ところが、昨夜観たテレビ報道でアメリカの映画界が選んだゴールデン・グローブ賞に文学的な作品でいっぱいになっていた点に驚いた。
「アメリカの映画界は変わったな」と心からそう思わされた。

かつてアメリカの映画では「カッコーの巣の上で」とか「スケア・クロウ」だとか、あるいはショーン・コネリーが主演した「小説家を見つけたら」とかの作品が目白押しだった。
それがいつの間にかランボーとターミネーターに占領されて、やがてタイタニックのようなCGものに取って代わられた。
原作で勝負するのではなく、あくまでも映像で客を集める方法だ。
とりあえず簡単に製作費が回収できる方法を取った結果だったわけ。
アメリカ以外でもリング物語やハリーポッターなどが後に続いた。

ところがオバマ政権の危険性に気が付いたアメリカは、石油価格の世界的下落とともに国内経済の立て直しを図った。
私に言わすれば、失点を作ったのはブッシュであってその尻拭いをさせられたのがオバマだったように理解している。石油価格が下落した原因のひとつはシェール・オイルであって、これはオバマが進めた政策だったわけ。ブッシュは中東で戦争をしただけ。
しかし、いずれにせよアメリカは立ち直りつつあるらしい。
すでに自動車も家電製品も生産技術を失ったアメリカではあるけれど、まだ映画の供給では世界をリードしている。
そのアメリカ映画界が立ち直りつつあるということは、アメリカ国民に自信を与えるメッセージになるだろう。

明日の世界的文学作品が出るとすれば、どの国から出て来るだろう。
これには大切なセオリーがあって、かつてのロシア文学などのように社会の強い圧迫を受けた中から生まれる場合と、逆に安定した環境でこそ生み出される作品とがある。

こうした意味では、楽しみがある年がやって来たのかも知れない。




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