名もなき先人の足跡

2020-01-14T17:57:58+09:00

Posted by old comber

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「ニッポン行きたい人応援団」という番組はテレビ東京。「ナゼそこに?日本人」という番組もテレビ東京。この局は番組作りが上手い。

この二つの番組が偶然なのか日本国籍を捨てて移民として外国へ渡った日本人を取り上げた。彼らは主に南米へ渡って、ジャングルのような荒野を開拓し、今では立派な農場を持ち家庭も作った。移民1世の人々は、現地で肩を寄せ合って協力し合いながら生き延びた。

しかし地球の裏側まで行ったために一度も帰国したことがない人が少なくない。

日本には兄弟や親戚もいる。親に手を引かれて移民船に乗った少年らが、年老いた老人になったころ、日本の放送局がやって来た。「ニホンへ行ってみませんか? ご招待いたします」

古い記憶をたどりながら帰国の旅が始まる。そこには感動的な再会が待っていた。

そこまでは良い。確かな近代史の事実としてドキュメンタリーになっている。ただ、私はふと疑問に思った。「なぜ当時の日本人はそこまで貧しかったのか」と。

その理由はいろいろあるだろうが、その一つに「朝鮮半島へ置いて来た莫大なインフラ」と「有償・無償の数億ドル」があったのではないかと。

日本人の貧しい暮らしと引き換えに韓国は目覚ましい経済発展を遂げた。それはまさに「奇跡」と呼ぶに等しいものだった。物事に光と影があるならば、光は韓国の発展であり、影は移民となってジャングルまで行った日本人ではなかったか。

彼ら南米へ渡った開拓者たちは、自分のことを「被害者」とは規定していない。「騙された」とは言うものの、誰かのせいだとは言わないように努めている。現在の韓国人とは正反対だ。国家予算の3倍にも及ぶドルを受け取っておきながら、まだ払えと言って来る意図が日本人には理解できない。

日露戦争に勝利した日本だったが、三国干渉で十分な戦後賠償を受け取れなかったこともあって、日本政府は常に財政が厳しいものだった。娘を身売りに出さざるを得なかった貧しい農家の背景には、いくつもの原因が横たわっている。しかし、日本が韓国と交わした基本条約を反故にされたのでは、移民として南米に渡り地獄の苦労をした人々に申し訳が立たない。春をひさぐ苦界に落ちた乙女たちに申し開きができない。

戦後の日本は、基軸通貨である米ドルが唯一の資産だったのであって、それを必要以上に韓国へ与え過ぎた。韓国人は感謝したか? 偽りの歴史を教え込まれて「漢江の奇跡」は自分の成果だったと思い込んでいる。

日本人は被害者面をしないが、被害者でもない韓国人が被害者面をしている。テレビ東京はそのことを暗に教えてくれている。



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