新説 「かいじん21面相」

前回のブログ『ソウルの思い出』では、最後の部分でプラザ合意に関する書き方をしたんですが、このプラザ合意というのは1985年の9月22日のことでした。
要するに日本の通貨である円の価値を高めようとする動きだったのであって、日本の輸出力を大幅に削減しようとした動きだったわけです。

ところが、この動きと不思議に連動する事件が起きました。
それは『グリコ・森永事件』。
1984年3月18日、兵庫県西宮市の江崎グリコ社長・江崎勝久宅に銃器で武装した男が押し入り拉致したことから事件が発生します。
翌日には、大阪府高槻市の江崎グリコ取締役宅に身代金要求の連絡が入り、現金10億円と金塊100kgを要求します。
その後、誘拐された社長本人は監禁場所から自力で脱出し警察に保護されます。

同年5月に「グリコのせい品にせいさんソーダいれた」という手紙が新聞各社に届く。
これを受けて大手スーパー各社はグリコ製品の撤去を始めることになります。
さらに大阪高槻市の丸大食品に脅迫状が届き「グリコと同じ目にあいたくなかったら、5千万円用意しろ」というものでした。

そして同年9月12日には、大阪市にある森永製菓関西販売本部に1億円を要求する脅迫状が届きます。
そして大阪・兵庫・京都・愛知の各県のスーパーから「どくいりきけん たべたらしぬで かいじん21面相」と書かれた紙を貼った森永製品が見つかることになるわけです。

さらには同年の12月7日、今度は不二家に脅迫状が届きます。脅迫状には青酸ナトリウムが同封されていました。
要求された内容は、不二家の池袋にあるビルの屋上から2000万円をばら撒けというもの。不二家は応じませんでしたが、これら一連の事件が、金銭目的のものではなく悪質な嫌がらせであることを捜査本部は把握します。
そして、翌年である1985年の2月のバレンタインデーを狙って、「どくいりきけん」と書かれた菓子と、「どくなしあんぜん」と書かれた菓子が市場で発見され、この「どくなし」が明治製菓とロッテの製品だったことが明らかになっています。

当時は全く見当がつかない事件だったのですが、今になって振り返ったとき、見えて来るものがあるんです。
グリコと森永と不二家が攻撃対象になり、「どくなしあんぜん」とされたのは明治とロッテだけだったという点。しかもほとんどの事件は大阪で起きている。
このことからキムチの匂いがプンプンして来るんです。
きっと犯人グループは半島に逃走してしまっているものと思われますが、それを許した大阪府警にも韓国系の人材が入り込んでいたのではないかという疑いも残るわけです。
でなければいろいろな捜査活動の不手際が説明できないのです。

グリコや森永の製品がマーケットから撤収される中で、ロッテ製品は高見の見物をやっていたのであって、ロッテが怪しいと言う訳ではないにしてもキムチ民族が関わっていた可能性は高いんです。
韓国ロッテは日本のグリコのヒット商品であるポッキーを盗んでペペロというパクリ商品を製造販売した。
こうした日本製品のマルパクリは枚挙の暇がありません。
つまり韓国ロッテは泥棒企業である疑いが高いのであって、そのことと『グリコ森永事件』は無縁だとは思えないという結論。

そしてロッテの製品に「どくなしあんぜん」と書かれたその年の9月にプラザ合意が決着して円は急上昇することになる。
そのことでキムチ国の経済が逆に急上昇することになった。

どうしてこれら一連の動きが表面化しなかったのか、私には理解ができません。

あの戒厳令が解けた直後のソウルの街並みが、まだまだ開発途上国のそれだったことを思い出したとき、現在の韓国の経済成長はどこか不自然なものだということを、この目で見て来た私にはわかる気がするのです。



皆さんご機嫌よう。





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