長崎県知事の浅知恵

長崎県の対馬市で仏像盗難が相次いでいます。
この対策として中村長崎県知事は、県立の資料館を設けて集中管理する案を出した模様ですが、これってとんでもない勘違いがあるのではないでしょうか。

たとえば奈良の薬師寺に行くと月光菩薩や日光菩薩があるわけで、それを対象にして信仰の祈りに入るわけ。
東大寺の毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)なんか、一般的に「大仏様」と呼ばれて慕われているわけで、これもやはり信仰の対象。
大仏様を盗み出すやつなんかいるわけないのですが、こうした仏像を美術品あるいは文化財と見るのか、それとも「そこにあってこそ価値がある信仰の対象」と見るのかによって全く状況が変わって来るんですね。

そんな仏様は全国に数えきれないほどあるわけです。
NHKでも「私の好きな仏像」というロケ番組が何か月間か放送されました。
そこには、さまざまな心の悩みをかかえた人々がたおやかな表情や厳しい形相などに癒され励まされる物語がありました。
だから「盗まれては大変だ」という理由だけで、博物館や資料館に集めて常設展示もしくは収蔵庫に隠してしまうといった発想が私にはどうしても理解できないのです。

どうもこの中村知事という人物は、知恵が浅い感じがするのです。
諫早湾干拓で得られた農地に入植した営農者たちが閉め切り堤防の開門調査に反対しているからという理由で、福岡高裁の判決に待ったをかけている反面で、石木ダム建設工事に反対している地権者の農家たちには立ち退きを要求している。
これって明確な「矛盾」でしかありません。

だから対馬の寺から仏像が盗まれる危険性があるならば、仏像を移動させるのではなく犯罪者を入れないことから発想する必要があるわけ。
必要に応じて対馬と韓国の直行便を停止すること。福岡経由でなければ対馬に来れないようにすること。
そうすれば逃走に時間がかかることになるから窃盗犯も手が出しにくくなるという意味。
それでは対馬の経済が苦しくなると言うのであれば、そこが県政の出番。豊かな海産物を日本全国に販売する方法を考えれば良いだけのこと。
それが本来の地方自治の仕事であって、何も「盗まれるから仏像を動かそう」という幼稚なことを考えるのが自治体のしごとではないということ。
とかく県知事という役職は土木建築工事をやりたがる面が強くて、土木工事こそが最大の利権だからです。
中村さんが対馬の仏像を移動させれば、そこに小規模であれ資料館の建設という公共工事計画がひとつ発生することになる。何を考えているかは見え見えなんですね。
長崎県には原発がないから必要のないダムを造ろうとし、崇高な仏像の問題を俗人がカネ儲けに利用しようとしているわけです。

仏像と日本人の長い歴史のつながりは、そんなに単純なことではないんだという基本的な理解ができていない。
街中の立派な寺社であろうと、山奥のひっそりとした小ぶりのお寺にあるご本尊であろうと、それは祈りの対象だというところから出発しなければとんでもない間違った方向へ進んで行ってしまう危険性があるわけです。
だから、在韓の日本大使館などに要求して来日ビザの発行を再開するよう要求したり、発行要件を厳格化したりするような圧力をかけるべき時期に来ているわけです。
日本人は何も悪くないのに、行きたいお寺でご本尊が拝めなくなるなんて、そんな不合理は許されるはずがないのです。

例えばの話ですが、東大寺の毘盧遮那仏がテロ組織によって爆破される危険性があるとされた場合、あの大仏様をどこかの博物館に運び出しますか?
そうではなく警備を厳重にするのが先でしょう。
場合によったら拝観制限をやったりあるいは入館禁止にしたりすることはあっても、決して東大寺から大仏様を運び出したりはしないはずなんです。
私が言ってる意味がわかりますか?
順番がメチャクチャなんだと言うことが。

「そこ」にあるから価値があるのが仏様。
資料館に移して良いのは文化財。
私も文化財関係の仕事をしていましたから少しはわかるんですが、絵画や古文書などは劣化が速いので個人で収蔵するよりもできれば燻蒸設備を備えた公的な博物館などに預ける方が良く、陶器などの比較的劣化が少ないものはあまり動かさない方が良いから個人で収蔵するのも良い。
大阪城なんかのお城に展示されているような日本刀。見事に研がれてピカピカになっていますが、あの金属表面を侵す珍しいカビがあるんです。カメラのレンズに生えるように。
だからガス燻蒸が定期的に必要になって来る。
しかし仏像だけはこれらの文化財と同列で語ってはいけないんです。
キリスト教やイスラム教では偶像崇拝を禁止していますが、仏教における仏像とは明らかな祈りの対象なんですね。
だから掛け軸や書画と同じ扱いをしてはいけないんですね、わかるでしょ?

どこかの安物アナウンサーが、物欲を捨てろとか何とか言ったそうですが、信仰の対象物を奪われては物欲も何もないのです。
あれは「物(ぶつ)」ではなく「仏(ぶつ)」なんですから。

仮にこの記事が中村さんの逆鱗に触れたとして、何がしかの妨害が発生したとすれば、それは韓国の女性大統領がゴシップ記事に激怒したという低レベルな事象と同様のことになるでしょう。


皆さんご機嫌よう。





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