TRON-OS

2019-05-23T12:44:34+09:00

Posted by old comber

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「トロン 国産OSが世界標準になる」との見出し記事を掲載したのは昨年5月の読売新聞だった。

トロンOSは日航機123便とともに御巣鷹山に墜落して終わったのではなかったか? と疑問に思って記事を詳しく読んでみた。

IoTという単語がよく使われている。「インターネット・オブ・シングス」の略で、生活空間のあらゆるモノや場所に小さなコンピュータやセンサーを組み込み、ネットワークにつないで便利な情報化社会を目指そうという技術のことだとある。一例を挙げればガスの使用量のメーター検針。昔のように検針員がいちいち訪問するのではなく、ネットワークで遠隔検針ができるようになっていて、同時にガス漏れなどの調査にも役立っている。コンピュータと聞くと、普通はパソコンやスマホを想像するが、マイコンと言い換えれば自動車のエンジンやエアコンや冷蔵庫などにも普通に使われている。そうしたコンピュータにもオペレーティング・ソフト(OS)は使われており、我々が知らない間に身近かな機械に組み込まれている。

ひと昔前まで「ユビキタス・コンピューティング」と言われていた技術を、1980年代には「どこでもコンピュータ」と呼んでいた。その基本となるアイデアを提唱したのが東大名誉教授の坂村博士だった。

現在、よく知られているパソコンOSと言えば Windows(Microsoft)とMac OS(Apple)の二つだが、1980年代当時、この2つよりも動作安定性とセキュリティ面で圧倒的な優秀さを誇っていたのが坂村博士が中心となって開発されていたTRON-OSだった。

TRONの専門的な解説は本論から離れるので省略するが、要するに日本が独自開発したOSがMSやAppleにとって目障りだったことは間違いない。そして偶然なのか必然だったのか、TRONの開発プロジェクトに参加していた天才エンジニア17名が乗った旅客機は1985年8月12日、御巣鷹の峰に墜落した。その名も日航123便。その後パソコンが一気に普及し始めてNECの98シリーズとIBMのDos-Vの争いになって行くのだが、結果としてTRONの普及に「待った」がかかったこともあってWindowsの販売戦略の圧倒的な成功につながって行く。

しかし、世界はIoT化が進む中で、あらゆる機械製品にマイクロ・コンピュータが組み込まれるようになり、それを制御するオペレート・ソフトにTRONが採用されていた。

坂村博士は東大教授としての最後の講義でこう述べた。「私が30年以上研究開発して来たIoTが、ようやくビジネスになる時代になった。私は時代を先取りしすぎていた」

クラウドサービスなどに用いられる大型コンピュータでは「ポジックス」というOSが主に使われており、スマホのアプリを動かすアンドロイドOSやiOSもポジックスのプログラムを部分的に使っている。こうしたコンピュータ用のOSは「情報処理系OS」と呼ばれているが、一方で電子機器などに組み込まれている小さなコンピュータを制御するOSを「組み込み用OS」と呼び分けている。

最近の自動車には様々な電子機器が搭載されていて、カーナビ、オートエアコン、燃料噴射装置、自動ブレーキなどセンサーだらけと言っても過言ではない。デジタルカメラは自動露出やオートフォーカス、炊飯器には温度と蒸気を計測するセンサーが付き、それらの制御にTRONが使われている。

TRONのことを業界では「最強の組み込み用OS」と呼んでいるが、Windowsのような情報処理系のTRONも開発されていた。その名は「B-TRON」。1989年、旧文部省と通産省はB-TRONを正式に承認し純国産のパソコンとしてハードウエアもOSもアプリまでも国産化することで合意していた。しかしここに「待った」をかけたのが米国通商代表部。純国産のパソコンを日本が作れば米国製のパソコンが輸出できなくなることからB-TRONが不公正貿易障壁の候補にあげられた。悪名高き「スーパー301条」である。

かくしてTRONは情報処理系OSとしてはつまずいたものの、組み込み用OSとして6割を超える世界シェアを勝ち取った。抜群の安定性能が他を寄せ付けないのである。ワンチップマイコンのROMのような小型の電子機器に採用されており、現代社会に無くてはならない存在になっていた。



それにしても、1985年の日航機墜落事故で17名もの天才エンジニアを失い、1989年の「スーパー301条」。ここに日米の隠された貿易戦争の影を見出す気がする。

そして米国は必死に中国のファーウエイを追撃しようとしているし、中国政府もまたファーウエイに力を注いでいる。

歴史はこうやって繰り返されているわけだ。





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