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七面鳥と南京事件

アメリカ人のケントなにがしが「日本人はクリスマスにチキンを食べる」と言ってせせら笑っていた。そこで七面鳥を食べる習慣とクリスマスの関係について調べてみた。

七面鳥は北米大陸に自生していた動物で、原住民によって家畜化されていた。すなわち本来キリスト教との関係は何もない。

クリスマスとは「クリス(キリスト)」「マス(ミサ)」に由来していて、別名を「降誕祭」とも呼ぶ宗教行事のことでミサが主体であり、家族で食事をすることは副産物的な要素しかない。

新大陸に渡ったイギリスからの移民はマサチューセッツ州のプリマス植民地に移住したが、到着した1620年の冬は記録的な大寒波に見舞われて大勢の死者を出した。翌年、近隣に居住していた原住民のワンパノアグ族からトウモロコシなどの作物栽培を指導されて生き延びた。1621年の秋の収穫は豊作だったことからワンパノアグ族を招待して食事会を開いた。これが感謝祭の起源とされていて、アメリカでは11月の第4木曜日、カナダでは10月の第2月曜日に指定されて祝日になっている。

この「感謝祭」と「降誕祭」の食事会において七面鳥を料理する習慣が根付いたのだが、降誕祭すなわちクリスマスとは「キリストの誕生日」という意味ではない。「救世主の生誕を喜ぶミサ」という意味であってキリストの誕生日は不明だ。

古代ローマではキリスト教の前にミトラ教という宗教があり、太陽を崇拝していた。昼間の時間がもっとも短くなるのが冬至であって、それを境にしてまた日照時間が長くなってゆく。古代ローマの人々は「太陽が復活する日」として祝った。この習慣がキリスト教と合わさって12月25日を降誕祭の日にした。だからミサを執り行うことが主眼であって、誕生日でもなければ七面鳥があったわけでもない。



ケントなにがしと言えば今年、カトリック教会のセックススキャンダル、特に児童性的虐待が表面化したことを受けて「カトリックは莫大な賠償を迫られた場合、バチカンそのものが崩壊する恐れさえもある」と言って興奮したかのような喜ばしい態度を見せていた。だから「あれ? この人、キリスト教じゃなかったっけ?」と思わされたが、実は来日した理由がモルモン教の布教のためだった。モルモン教とはキリスト教の中では異端とされていて、だからカトリックのスキャンダルは彼にとっては愉快な出来事だったのである。

ローマカトリック教会はここ数十年、全世界で問題になっている「聖職者による性的虐待」で揺れ続けた。アメリカ・ペンシルヴェニア州のカトリック教会では、虐待をおこなっていた聖職者は300人にのぼり、その管轄区域は周辺6地域にまたがっていた。大陪審の調査によれば過去70年で最低でも何千人という子供たちや修道女らが犠牲になっていた。カトリック教会によるこの種の事件は数十年・数百年もの間付きまとっていた案件だったにも関わらず、バチカンは何の対策もとらないばかりか逆に被害者に対して「口を閉ざすように」と指導して来た可能性があるという。中世の魔女狩りにしても性的暴行と無縁ではない。

だから異端視されて来たケントなにがしが喜ぶわけなのだ。



キリスト教の宣教師と言えば日本人にとって忘れてはならない歴史的事実がある。南京大虐殺の目撃証言というものだ。日本軍による大量虐殺と強姦などの証言がキリスト教宣教師によって東京裁判で公開され、結果としてA級戦犯の有罪と死刑が決定した。しかし実際には彼らは大量の犠牲者を目撃したわけではなく、一人の死者と一件の強姦を見ただけだった。彼らはなぜ虚偽の証言をしたのか。

南北戦争が終結した後のアメリカから、4億人の人口と近代化が遅れている中国への(キリスト教の)布教は夢の開拓地に映っていた。日本がまだ明治時代だった頃のこと。アメリカ国内ではキリスト教系の大学や病院を中国に建設するための募金が集められていた。しかし一向に中国人にキリスト教は広がって行かない。日本が明治時代から大正・昭和と変わってゆく中で、宣教師らも子供を育て、中国生まれの宣教師の代になっていた。

ところが一向に布教が進まないことから「いいかげん中国への伝道はやめようではないか」という声がアメリカ国内に起こり募金もはかどらなくなって行く。宣教師の中には所属する教会から帰国命令が出た者もあった。

しかし中国生まれの宣教師の代になっていた家庭では帰国することに強い抵抗があって、中国伝道を継続させるために日本を悪者にして「かわいそうな中国」を演出する必要があった。日中戦争における日本軍の凶暴さと中国人の被害を針小棒大に(本国へ)報告して「だから布教をやめてはならない」と主張せざるを得なかった。

キリスト教系の病院の医師ウィルソンや、YMCAの理事だったフィッチなども中国生まれだった。国籍こそアメリカなのだが、すでに帰国する意思はなかった。宣教師のベイツやマギーらはアメリカで生まれたが、20代に南京へ渡っていてアメリカでの生活期間より南京での方が長くなっていた。

戦争は不幸と病気をもたらす。つまり平和な地域よりも布教は好ましい環境にあった。アグネス・メドレーは言った。「戦争は彼ら(宣教師)にとって神からの贈り物だ」と。そして彼らが本国へ報告する内容が激烈なものであればあるほど、宣教師の必要性と存在価値は高くなって行った。

そして彼ら宣教師らが「あること、ないこと」を報告し続けた結果、終戦後の東京裁判に証言者として呼び出されることになった。今さら「あれはウソでした」とは言えない彼らは、何十万人もの大量虐殺を目撃した、と言わざるを得なかったのだった。

キリスト教の宣教師なんてそんなものだが、南米大陸でスペイン・ポルトガルが大量虐殺をやった史実の先兵になったのもキリスト教の宣教師だった。島原の乱で農民一揆を扇動したのもまたキリスト教の仕業だった。

キリストのはりつけに始まるキリスト教には、常に血の匂いがつきまとう。そして同じキリスト教でありながら異端視されたモルモン教と、その宣教師だったケントなにがしが嬉しそうに話すカトリックのセックス・スキャンダル。

二人連れで自転車に乗ったネクタイ姿の白人は子供の頃からよく目にした光景だったが、ケントなにがしともどこかで会ったのかも知れない。

いずれにしても、あまり高尚な組織とは思えない。



さて、買い物に行った女房どのは、どんなケーキを買って来るのだろう。今さらケンタッキーもないのだが。



皆さん、メリー・クリスマス。




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