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夏休み(反日を作りし者)

中国の南京大虐殺、韓国の従軍慰安婦、これらはMaid in Japan だということをまず認識しておこう。

南京事件は朝日新聞の本多勝一記者が綴った「中国の旅」、そして従軍慰安婦問題は吉田清治(本名=吉田雄兎)の「私の戦争犯罪」が元となっている。どちらも朝日新聞が関係しているのだが、朝日新聞というのは戦時中は大本営の広告を代理していたような新聞で「撃ちてし止まぬ」とか「欲しがりません勝つまでは」などの民意誘導を社是としていた。

しかし敗戦後に乗り込んできた連合国のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が報道統制(プレスコード)をおこない、GHQへの批判や原爆などの戦争法違反に関する出版物などが発禁処分となり、のちには個人的な手紙までもが検閲の対象になった。

GHQは終戦以前の日本には「言論の自由がなかった」と決めつけて、それを強制的に解除せしむる方法として日本出版法を発布した。その内容はこうである。

1、報道は絶対に真実に即すること

2、直接又は間接に公安を害するようなものを掲載してはならない

3、連合国に関し虚偽的又は破壊的批評を加えてはならない

4、連合国進駐軍に関し破壊的に批評したり、又は軍に対し不信又は憤激を招くような記事は一切掲載してはならない

5、連合軍軍隊の動向に関し、公式に発表解禁となるまでその事項を掲載し又は論議してはならない

6、報道記事は事実に即し、筆者の意見は一切加えてはならない

7、報道記事は宣伝目的の色を着けてはならない

8、宣伝の強化拡大のために報道記事中の些細な事項を強調してはならない

9、報道記事は関係事項や細目を省略する事で内容を歪曲してはならない

10、新聞の編輯に当り、何らかの宣伝方針を確立し若しくは発展させる為の目的で、記事を不当に軽く扱ってはならない

(引用:Wikipedia)

このプレスコードによって新聞各紙はそれまでの報道姿勢を根本から変えさせられた。その延長に各紙が作った民放各局が生まれることになる。そのまた先にあるのが放送倫理委員会(BPO)、わかりやすいでしょ?放送法の縛りなんて「クソくらえ」な理由はここにある。電波オークションが実施されない先進国は日本だけ。放送法があるのも日本だけ。世界は驚くけれど、すべてはGHQがやったこと。

また、ポツダム宣言の受諾によって降伏文書に調印した中に「日本国民を欺いて世界征服に乗り出す過ちを犯させた勢力を永久に除去する」との一文があり、これをもとに占領軍統治の時期に公職追放の処分を日本全国に広めた。これはアメリカ政府が発表した「降伏後におけるアメリカの初期対日方針」の中で軍国主義または国家主義的指導者の追放の規定によるものだった。

昭和21年に公布された「公職追放令」により警察首脳陣ならびに特高警察の追放、職業軍人の追放、国家主義団体の有力分子の追放、教職員の調査・資格精選、などが実施された。これは翌22年に法改正されて、新たに「公職に関する就職禁止、退職等に関する勅令」となって公職の範囲が拡大され戦前・戦中の軍需産業の幹部なども対象となったために1948年までに20万人以上が追放される結果となった。

この追放により各界の保守層の有力者の大半を追放した結果、学校やマスコミ、言論等の各界、特に啓蒙を担う業界で、労働組合員などいわゆる「左派」勢力や共産主義のシンパが大幅に伸長する遠因になった。

その結果として労働運動が激化し、さらに大陸では国民党と共産党との内戦や朝鮮戦争などで共産主義勢力が伸張するなどの社会情勢の変化が起こり、連合国軍最高司令官総司令部の占領政策が転換された結果として日本共産党などが追放対象とされた。しかしそれまでのGHQの占領政策においてソ連の社会主義の密命を受けたスパイが入り込んでいたという説もあって戦後の日本(占領統治時代だから主権はない)に社会主義への扉を開かせた可能性が高く、朝鮮戦争が始まったから追放対象者を変えようとしても手遅れだった面がある。

マシュー・リッジウェイ司令官は、行き過ぎた占領政策の見直しの一環として、日本政府に対し公職追放の緩和・及び復帰に関する権限を認めた。これによって同年には25万人以上の追放解除が行われた。公職追放令はサンフランシスコ平和条約発効(1952年)と同時に施行された「公職に関する就職禁止、退職等に関する勅令等の廃止に関する法律」(昭和27年法律第94号)により廃止された。この廃止によって追放を解除された人物約5,500名の中に岸信介もいた。

つまりサンフランシスコ講和条約が発効した1952年時点で日本国憲法を改正すれば良かったではないかとする意見があるが、主権を奪われていた7年の間に強制的に保守派が追放されてしまった日本は、改正できる状態ではなかったのである。

マッカーサーが強制した「War Guilt Information Program」によって完膚なきまでに骨抜きにされた日本は、反日教育が当然のことになってしまい、報道機関は政府批判が役目になってしまった。今の野党の「何でもかんでも政府批判」という流れはこの時に植えつけられていた。

今年の終戦記念日にはいつもと同じにNHKでは日本の自虐史感を浴びせかける番組が放送されるだろうけれど、こうした作為的な近代史があったことを強く認識しておく必要がある。

私は右でも左でもなく、ただ歴史の真実が知りたいだけなのだ。

なお最後に以下のURLを添えておきたい。吉田拓郎の有名な曲だが、広島出身の彼がどのような意図でこの曲を作ったかが映像の中に込められている。

https://www.youtube.com/watch?v=GjwoxoRCcRs

せつな過ぎたかな?

皆さん、ご機嫌よう。



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Author:old comber
硬派と軟派の二重人格がまき散らす猛毒 ショック死しても知らないよ

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