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憲法審査会

産経ニュース 2018・7・4 から一部引用。

(引用ここから)

自民、公明両党の幹部は4日、東京都内で会談し、憲法改正手続きを定めた国民投票法改正案の今国会での成立を断念し、継続審議とする方針を決めた。法案は5日の衆院憲法審査会で趣旨説明を行うが、実質審議に入らない。憲法審を全会一致で運営するという“原則”に沿い法案審議を拒む立憲民主党などに配慮したためだが、野党が抵抗し続ける限り、秋の臨時国会以降も憲法改正議論は停滞を免れない。

(引用ここまで)

現在の安倍政権の1丁目1番地の本丸は憲法改正のはずだった。9条の中身を改訂しない限り陸海空自衛隊は違憲状態のままだし、北朝鮮に拉致されたままになっている被害者への救出も困難なままに放置されることとなる。

憲法を改正するための発議は憲法審査会の審議が大前提になっていて、その審議が開かれなければ発議することができず、その先にある国民投票へとつながって行けない。

今年5月末の衆議院憲法審査会幹事懇談会において、立憲民主と国民民主の両党を含めた全幹事が改正案の共同提出で合意していた。しかしここへ来て立民の辻元清美国対委員長が「森友学園問題への説明責任が不十分だ」として改正案の審議どころか憲法審査会の開催すらも拒む作戦に出て来た。国民民主も「その手があったか」として同調した。

つまり「モリ・カケ」が問題なのではなく、憲法改正をどうあっても回避しなければならないという事情が彼らにはあるのであって「手段は選ばない」という死に物狂いののたうち回りを演じている。

ところが、自民・公明の与党がこれに応じてしまった。衆議院憲法審査会幹事懇談会への出席をボイコットした立民と国民のために今月22日までの今国会中に(国民投票法改正案を)成立させることが困難になったと判断したからだ。

つまり現政権にとって何が最も重要なのかという意味を与党自身が理解できていない節がある。

ここが進められないのであれば、衆議院選挙で議席を国民から委ねられた意味がないのであって、何のために国会へ足を運んでいるのかの意味をわかっていない。国民から何を付託されたかが自覚できていない者に用はない。

たかだか辻元ごとき詐欺師にもてあそばれて、足立よどうにかしろ。

再び産経ニュースを引用しよう。

(引用ここから)

自民党は、憲法9条への自衛隊明記など3月にまとめた「改憲4項目」の条文素案について、憲法審で議論の上、早期の国会発議を目指している。

(中略)

野党が政局的な理由を振りかざして憲法審の開催を拒み、与党側がこうした姿勢を許していれば、改憲議論は一向に前に進まない。

(引用ここまで)

オウム死刑が執行されたのは何故だと思う? 今後は政治的スケジュールがメジロ押しになっているから。天皇陛下の御譲位もあれば元号の改正もある。そうなれば恩赦もありうるし、自民党総裁選がある。その先には東京五輪が控えている。もう予定表はびっしり埋まっている。辻元はそこに勝機を見出しているわけ。

1597年の慶長の役を思い出そう。李氏朝鮮の将軍にして現在も英雄と称えられている李舜臣(りすんしん)だが、朝鮮水軍を率いて日本と戦ったものの、全羅道・忠清道の掃討作戦を成功裏に終結させた日本軍は、当初からの作戦計画に沿って慶尚道から全羅道にかけての朝鮮南岸域へ後退して倭城群を構築した。日本軍が後退すると李舜臣の水軍は明・朝鮮陸軍と共に朝鮮南岸へ再進出し、朝鮮南岸西部にある古今島を拠点として朝鮮水軍の再建に努めた。1598年7月李舜臣は明水軍の指揮下に入った。同年9月、明・朝鮮の水陸軍による水陸共同の順天攻撃作戦が開始され、戦いは10月初めまで続いたが、水陸両面で明・朝鮮軍は多大な損害を出すなど苦戦が続き、厭戦気分が蔓延して攻撃は頓挫。明・朝鮮軍は撤退を開始し、李舜臣も海上封鎖を解いて古今島に撤退し、兵数で圧倒的に勝っていた明・朝鮮軍は敗北した。ところがここへ来て豊臣秀吉の死亡という連絡が日本軍に届く。日本軍に退却命令が出されると小西行長は明との間に講和を成立させた後、海路を撤退しようとしたが、朝鮮水軍は講和に無関係だとして撤退を開始した日本軍へ対して攻撃を開始する。窮状を知った島津義弘ら日本側の諸将は急遽水軍を編成して救援に送ることとなり、これに対し李舜臣および明・朝鮮水軍は順天の封鎖を解いて東進し島津水軍を露梁海峡で迎え撃つこととなった。この露梁海戦では、夜半からの戦闘が長時間続き、日本軍、明・朝鮮水軍の双方が大きな被害を被ったとされる。明・朝鮮側の資料では自軍の勝利を強調しているが、明軍では副将鄧子龍が戦死、朝鮮軍では主将の李舜臣が島津兵の鉄砲の弾丸を受けて戦死した。これが慶長の役である。

朝鮮の戦い方の見本となるような記録であって、敵の背中に矢を放つあたりが辻元とそっくりだ。さすがはピースボートで朝鮮に行っただけのことはあるが銃殺されては英雄もクソもない。元々朝鮮軍は明の加勢があって何ぼの軍隊だった。そして日本との間に講和を結んだのも明だったが「オラ関係ねー」ってんで勝手に講和を破って返り討ちに遭ったのが英雄さん。どこか李承晩と重なって見えて来る。

ピースボートの主催者が憲法改正の邪魔をしている。由々しき事態と言えるだろう。あなたの家族の将来は大丈夫ですか?





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Author:old comber
硬派と軟派の二重人格がまき散らす猛毒 ショック死しても知らないよ

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