1940年代から50年代にかけて

現在の日本国憲法というのは、敗戦の翌年である1946年の2月3日にマッカーサーがGHQ民生局に憲法草案の作成を指示。2月8日に松本憲法問題調査委員会委員長が改正要綱をGHQに提出。2月13日にGHQがこれを拒否。3月2日にGHQ案を参考に新たな政府案を作成。ここがGHQからの「押し付け」とされる理由。

3月6日に「憲法改正草案要綱」を日本政府が発表。10月7日に帝国議会を通過。11月3日に日本国憲法が公布され、翌年1947年5月3日に日本国憲法が施行される運びとなった。

ここまでは歴史的事実であって何びとも反論していない。だから一度も改正されて来なかった現行憲法は占領軍であるGHQの意向に沿ったものだという指摘があって、「いや誰が言い出したかはこの際問題ではなくて、平和憲法であることが重要なのだ」とする反論が付きまとっている。

ところが実際には日本を敗戦にした相手国とはアメリカだけではなく、ソ連やイギリス・中国を含む11カ国で構成された「極東委員会」なる組織が主導しなければいけない問題だったのだが、社会主義革命のソビエトが含まれていたことから「極東委員会」が口を出して来る前に西側陣営の有利な憲法にしてしまう必要がアメリカにあってマッカーサーは新しい「日本国憲法」を急いだ。ここも歴史的な事実。

そして日本国憲法が施行された2年後の1949年10月に中華人民共和国の建国を毛沢東が宣言する。そのまた約半年後の1950年6月に北朝鮮が38度線を越えて侵攻し朝鮮戦争が勃発する。

日本帝国陸軍は解体されていたが海軍はそのまま残っていたことから、警察予備隊という警察組織として朝鮮半島の機雷除去にアメリカ軍の要請で参加させられた。
戦時中の日本は、英米による海上封鎖のために東京湾や関門海峡や呉や日向灘や佐世保などに大量の機雷敷設を受けていて、帝国海軍は世界一の掃海技術を会得していた。それは今でも日本に敵う国はない。

マッカーサー率いる占領政策によって憲法まで変えさせられた日本は、朝鮮戦争という中ソの意図によって紛争に引きずり込まれて行く。

そして朝鮮戦争勃発の翌年である1951年9月8日に日本と連合国(ソ連・ポーランド・チェコスロバキアを除く48か国)との間で「サンフランシスコ講和条約」が締結されて日本は独立を回復する。時の総理は吉田茂だった。

現在日本国憲法の是非が激しく問われているが、1946年時点の「押し付け憲法」は仕方がなかったとしても、なぜこのサンフランシスコ講和条約の成立に合わせて独自憲法を希求しなかったかを誰も語らない。

朝鮮戦争が休戦協定に入ったのは1953年7月だった。つまりサンフランシスコの講和条約で日本が占領統治から(沖縄などは例外として)独立を果たした後の2年近くを朝鮮半島では連合軍が中国人民軍と死闘を繰り広げていたのであって、何万人もの連合国軍の兵士(白人黒人を問わず)が命を落としたのであって、吉田茂にしてみれば戦闘行為を放棄する日本国憲法をそのまま維持する方が日本の国益になると判断したのかも知れない。時系列的に見ればそういうことになって来る。

もしサンフランシスコ講和条約の1951年時点で「陸海空ほか、すべての戦力をこれを放棄する」という憲法九条を改正していれば、日本兵もまた朝鮮半島へ出兵していたかも知れない。集団的自衛権はこの時点で完成していたはずだ。

だから現在論争されている憲法改正とは、実は1951年時点でのサンフランシスコ講和条約、すなわち日本の独立と引き換えにアメリカから「憲法を変えるな」と吉田茂が恫喝された可能性が出て来ることになる。

日本が軍備を可能にする憲法を持てば、必ずヒロシマ・ナガサキの仕返しのために核武装する恐れがあったからだ。アジアで軍艦や戦闘機を国産化できたのは日本だけだった。朝鮮戦争と言っても、連合国軍と中国人民解放軍の戦いでしかなかったのであって戦車はソ連とアメリカの戦いだった。朝鮮人が何かできたわけではない。世界が恐れたのは日本の参戦だった。

だから現在問題視すべきなのは1947年に施行された日本国憲法の出どころではなく、1951年のサンフランシスコ講和条約の時点でなぜ九条改正をしなかったかなのだ。目の付け所がまちがっている。

安倍さんの爺さんと言えば妖怪と呼ばれた岸でしょ? あれA級戦犯だった人ね。そして安倍さんの右腕になっているのが麻生さんだけど、彼の爺さんは吉田茂。そしてこの二人を中心として憲法改正案が進められている。だからこそ新聞テレビをはじめとするメディアが露骨な妨害工作に出て来ている。

詳しい事情を知らされていない国民は、何が何だかわからない状態。現行憲法が「押し付け」だったかどうかをいまだに論議している。そうじゃないでしょう。改正する絶好の機会があったのに、どうしてそれを見過ごしたのかって論議がどこからも上がって来ない。そりゃそうだ、学校で左翼教育を受けて、新聞テレビで左翼報道ばかり見続ければ、そういう国民が出来上がるんだよね。

橋下前大阪市長は、吉田茂が日本国憲法に対して国民投票をしなかったのは不適切だったと述べていたがそれはちがう。占領統治に来ていたマッカーサーはフィリピンで日本軍から赤恥をかかされた男だ。そんな生易しい状況でなかったことは私でも想像できる。いわんや「ギブミー・チョコレート」と言っている国民が戦争放棄に反対するはずがない。朝鮮戦争で特需に潤った日本は軍備から開放されて喜ばなかったはずがない。

同じように現在の沖縄も、「米軍は出て行け」と言っているが本当に出て行ったなら日本政府からの補助金は他の自治体と同じ額になって、産業のない沖縄は成り立たなくなってしまう。

では、安倍政権の間に憲法改正のための国民投票が実施された場合に、沖縄県民は賛成するのかしないのか。

ネットで簡単に調べられる程度の知識は持っていたいものである。



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