経営的ひきこもり

私の知人が勤めていた会社が最近倒産しました。
その会社の経営者は常々「出(いず)るを廃して入(い)るを図る」という社是を口にしていたそうです。

つまり歳入を増やし(あるいは維持して)歳出を減らせば、自ずと利益が出るだろうという算数の足し算引き算の計算方法なのでした。
こんな幼稚な経営者の社員になった知人が気の毒なのですが、支出を減らした経理担当者はその場だけをとってみると、経営者から評価されるわけです。
しかし企業経営とすれば間違いなく破たんに向かっている。
何故かと言うと、人間関係と同じで経済という流れの中にあってこそ成り立つのが経営であって、自分だけが良ければそれで良いといった「引きこもり」の経営学だと孤立してしまうんですね。
右から流れて来た物は左へ流すことで経済の流れに参加できるのであって、「出るを廃して入るを図る」という論理はつまり、「流れから離れて、川とは独立した池になりたい」という意味になるんです。

一見このことは経営者として正しいことのように聞こえますが、実は大変な過ちを犯しているのであって、取引関係の利益を無視していることに気が付いていません。
あるいは従業員の人件費が低く抑えれることによって、内部からの反感を買っているわけです。
近年ブラック企業という言葉が取りだたされていますが、要するに経営者の理念が幼稚だから起こる混乱なわけです。

運送費を叩いたり、納入業者の足元を見たりしている短絡的な小売業者がいるせいで「人を泣かせて飯を食う」という鬼のような商売が成り立っています。
あるいは「新人はどこからでも補充が利く」と言って、無理な残業や社則を押し付ける企業が生き延びているわけです。
これってベルギー・ダイヤモンドとか豊田商事とかの昔の事件そのままではないですか。この国には何も進歩がない。

政界でも経営界でも社交界でも芸能界であっても、義理を欠いては長生きできないということが常識であって、冠婚葬祭とか季節の挨拶とかはきちんとやった者の方が豊かさに近づける。これが摂理です。
何故かと言うと別に宗教じみた意味合いではなくて「流れに乗る」というだけのこと。
「流れに逆らう」とか「流れを止める」だとか「流れから離れる」だとかすると、流れ出す物もない反面で流れ込む物もないという状態に陥るんですね。
早い話が「幸せは歩いて来ない」という古い歌の文句の通り、じっと孤立していれば何とかなるという考えは間違いだということです。

そうした知恵が日本人には基礎的に備わっていたからこそ、東日本の震災の折に礼儀正しい行列ができたのであって世界中が驚愕したわけです。
あそこで「出るを廃して入るを図る」とやってごらんなさい。中国やアメリカに見られる略奪と同じことになってしまうんです。
流れに乗るというのはこういうことなんですね。
村上龍のカンブリア宮殿を観れば、よくわかると思いますよ。

成功の秘訣とは、実は秘訣でも何でもないただの常識だったのです。

森元総理が持参した安倍総理の親書をにべもなく断った朴大統領ですが、韓国全体の経済を道連れにして心中でもする気なんでしょうか。






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