オーシャン東九フェリー

むかし、東京本社勤務だったころ、法事で九州に帰省した際に「有給がたまっているので、この際消化してください」と総務から言われた。

必要以上の休暇が取れたので、どうしようかなと迷った。余計な観光地に立ち寄ると、手持ちの小遣いが減るので悩んでいたら、従兄弟がうまい手を教えてくれた。

北九州の門司港まで行って、そこから新門司港というフェリーターミナルまで行けば、徳島経由の東京行きフェリーが出ているのだという。「え? 神戸とか大阪じゃなくて東京まで?」

話では夕方の19時に出港して瀬戸内海を通り、翌朝9時半頃に四国の徳島に着く。そこで車両や貨物の入れ替えをやって紀伊半島から太平洋に出て東京の有明埠頭に着くのが翌々日の早朝。だから全行程を34時間前後かけて船内に監禁状態になるのだと言う。

時間がない人は新幹線や飛行機を使うのだが、時間を持て余す場合は「いちど体験する価値はあると思うよ」。面白そうだと思った。

乗り物酔いには強い方だし、JRの門司港駅から格安の「乗り合いタクシー」をフェリー会社が手配してくれるという。至れり尽くせりだ。

「その代り、船内レストランとかないから飲み物・食べ物は持参しなければならない。自動販売機のハンバーガーとかカレーとかはあるけど、食えたもんじゃない」ってんで、門司港駅の前でスーパーに立ち寄って弁当やら酒(バーボン)やらつまみ(ジャーキー)やらを買い込んだ。

そもそもこの船は貨物船という面と旅客船という面の両面を兼ねていて、しかし2泊もして東京~北九州を移動する旅行者は少ない。確かに予約はすぐに取れた。車両甲板の予約はいっぱいですが客室はガラ空きですと言われた。

手品のタネ明かしをするとこうだ。大型のトレーラーが貨物を引っ張って来る。しかし乗船するのは貨物(コンテナ)だけ。トレーラーは運転手が引き返してしまう。だから貨物はいっぱいになっても、客室には人間はいない。

韓国で沈没したセウォルもそうだったのだろう。修学旅行の一団が楽に乗れる状態にあるわけだ。

ボストンバッグとスーパーのレジ袋だけを下げて私は乗船した。

2晩でバーボンを1本空ける自信はなかった。

他人のイビキが気になるので個室を取ったが、ラウンジでバーボンのキャップを切っていたら、重工メーカーの技術者らしい3人組と隣あった。「どこまで行くんですか?」と聞くと「明朝の徳島まで」だと答える。北九州の工場で作った鉄製品を高知まで運ぶのだという。「バーボンはいかがですか」と言うと嬉しそうな顔になって、部屋から宮崎地鶏の炭火焼きというつまみを取って来てくれた。

4人で飲んだバーボンはひと晩で空になった。

翌朝徳島港に入ると彼らは積み荷の下船準備で忙しく去って行った。笑顔を残して。

技術者肌は他人でもわかるもので、ひと晩だけでも打ち解けた。

「さて、今夜の酒は自販機のビールだな」と考えていると、徳島から乗り込んで来たのは大学生のような風体の男性だった。

昼間から私がラウンジで缶ビールを飲んでいたら彼が近づいて来た。「焼酎があるんですが、良かったらご一緒してもらえますか?」

若いわりには言葉をちゃんと使えるじゃないかと思い「喜んで」と答えた。

船には水と氷は自由に使えるようになっていた。私は缶詰を出して彼に聞いた。「学生さん?」

彼は笑って手を振った。「いいえ、ボディ・サーファーをやってます」「なに? そんなスポーツがあんの?」「ええ、こう見えてもプロなんです。ヨーロッパのスポンサーとか付いていて」「ふえ~!」

船は夜間航行になると遮光カーテンが引かれる。甲板に灯りが漏れないようにするためだ。

昨夜は瀬戸内海だったからほとんど揺れはなかったが、太平洋に出た頃から船が揺れはじめた。

プロ・サーファーが言った。「揺れが始まると風呂に入るんです。湯船のお湯があっち行ったりこっち行ったりして面白いですよ」

船の浴室は5人くらいが同時に入れる広さがあった。

二人で入ってもたっぷりしている。

「有明に着いたらどうするの?」「ええ、そのまま成田に向かいます」「え? 外国に?」「そうなんです、室戸で国際大会があったんですが、カンタス航空のダイヤの都合で時間調整が必要だったからこの船に乗ったんです」「あ、そーゆーこと」

マネージャーもいないのに、大した管理能力だと感心させられた。そう言えば彼、読み方がわからないようなロゴの付いたシャツ着てたもんな。

時間をたっぷりかけての船旅なんて、後にも先にもあの時だけだったろう。旅費を節約したのは言うまでもない。(酒代はかかったが)



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こんばんは

価値観はひとそれぞれなのですが。

この提案に「面白そう」ココロ動くこと。

そういうい豊かさに憧れたりいたします。

うづら殿

モーレツ社員が楽しい頃だったので、暇を持て余すには船で軟禁されるのが「あきらめ」ができて丁度よかった気がします。
「次の港まで嫌でも同席する」からこそ見知らぬ人と親しくなれることもあるし。
デッキから水平線を見て「ん~!」と背伸びをすると気持ちが良かった。
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