ヘイトスピーチと人種差別

東京や大阪などで行われている、いわゆる「ヘイトスピーチ」。
これについて師岡康子弁護士は「ヘイトスピーチは差別であり、それが存在しているのだから、まず最低限の枠組みとして包括的な人種差別禁止法をつくるべきだと求められている」と主張しました。
これに対して政府は「表現の自由を委縮させる危険がある」とする立場を示しています。

では、そもそも論ですが、在特会のヘイトスピーチが人種差別に相当するのかどうかという基本的な検証を試みてみましょう。
人種の区別とすれば「人類集団の遺伝的系統」として、18人類集団の遺伝的近縁関係を23種の遺伝子情報をもとにした近隣結合法により作成された人類の遺伝的近縁関連図があります。
これによればアフリカン(ネグロイド)からコーカソイド(白人)が分岐し、コーカソイドからオセアニアン(オーストラロイド)・イーストアジアン(モンゴロイド)が分岐、そのうえでイーストアジアンからネイティブアメリカンが分岐したというものでした。

これはひとつの人種分類の考えですが、これからすれば日本人と朝鮮半島の住民の間には人種区分はないことになります。すべてモンゴロイドという括り(くくり)で同一人種だと言えるからです。
しかし日本人と朝鮮人には互いに認め合えない区分があって、それは「人種」ではなく「民族」かあるいは「部族」の違いによるものだろうと思うのです。
つまりアフリカのルワンダ紛争のきっかけになった、ツチ族とフツ族の争いのように、それは人種ではなく部族の対立というものでした。
現在シリアで起こっている紛争も、シーア派とスンニ派の対立だったりするわけで人種間対立ではないわけです。
イギリスでもアイルランドとの紛争がありましたよね。あれは人種間の紛争でしたか?
ベトナム戦争後に起きた中越紛争はどうでしたか? 中国と台湾の対立はどうですか?

韓国人がアフリカ系黒人を人種差別したりしていることと、日本の東京や大阪で在特会が在日コリアンを攻撃していることは本質的に違うものであることを、まず根本的なこととして冷静に理解する必要があります。
人種が異なることによって意味もない差別をするのではなく、明確な主張があるからこそ自由を保証された日本という国のもとで言論を発している。
確かに「殺せ」とまで言うのはスピードオーバーだろうと思いますが、進行方向に誤りはないように見えます。
3番アイアンで打つべきところをドライバーで打っちゃった、といったところ。
ここに人種差別とかは見当たりません。
あるとすれば異文化への排他的運動。
分かり易く言うと、幕末の戊辰戦争で争った会津がいまだに長州を嫌っているとかいった話であって、これを世界的な問題に発展させたい一派が「人種差別だ」と声を荒げているだけのこと。
人種差別というのはもっと強烈で悪質で陰湿でドロドロしたものです。
日本におけるヘイトスピーチを人種差別だと言うのであれば、アメリカや南アフリカやオーストラリアなどで行われていたものは何だったのでしょう。
これが人種差別だと言うのであれば、アメリカを始めとする各国は顔を赤らめて穴にでも入らなければならなくなるし、朝鮮自身が身分制度を近年まで保っていたのだから自分で自分の墓穴を掘る愚行に気付くべきです。
奴婢だとか白丁(ぱくちょん)だとかを近年まで続けていた国だったのですから、今さら人種差別という非難をするとしたら火の粉は自分に降りかかって来るということに気が付いていない。

さらに日本の中の日教組だとか弁護士だとか一部の政治家の左翼が「人種差別だ」と言い出す場合、それは逆に在日の人々の足を引っ張ることになるということを早く気付かねばならない。
日本人の品格という点でヘイトスピーチを自粛しようという意見は異論はありません。
しかし「人種差別だから言語道断だ」と言うのであれば、「日本人と朝鮮人の間に人種の開きはあるのですか?」と問わざるを得ない。

朝日新聞と言い、毎日新聞と言い、神奈川新聞と言い、なぜこうも日本を貶めようとする団体が多いのだろうか。
GHQの続きをやっているつもりなのであれば、理科室の標本棚に入れられることになることを理解しなければならないようです。



スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR