尼港事件

尼港(にこう)事件とは、ロシア内戦中の1920年(大正9年)3月から5月にかけてアムール川の河口にあるニコラエフスク(尼港、現在のニコラエフスク・ナ・アムーレ)で発生した、赤軍パルチザンによる大規模な住民虐殺事件。港が冬期に氷結して交通が遮断され孤立した状況のニコラエフスクをパルチザン部隊4,300名(ロシア人3,000名、朝鮮人1,000名、中国人300名)が占領し、ニコラエフスク住民に対する略奪・処刑を行うとともに日本軍守備隊に武器引渡を要求し、これに対して決起した日本軍守備隊を中国海軍と共同で殲滅すると、老若男女の別なく数千人の市民を虐殺した。殺された住人は総人口のおよそ半分、6,000名を超えるともいわれ、日本人居留民、日本領事一家、駐留日本軍守備隊を含んでいたため、国際的批判を浴びた。日本人犠牲者の総数は判明しているだけで731名にのぼり、ほぼ皆殺しにされた。建築物はことごとく破壊されニコラエフスクは廃墟となった。この無法行為は、結果的に日本の反発を招いてシベリア出兵を長引かせた。(Wikipedia より引用)とある。

赤軍というのはロシア内戦の際に労働者・農民によって組織された軍隊であり、ロシア革命以後は独ソ戦などの後方部隊を組織していた。

そのDNAが中華人民共和国の共産党を作り、朝鮮独立のための抗日運動を産んだ元になっている。

さらにその思想遺伝子が日本に入り『人権派』と名乗り、NHKをはじめとする自虐史観を徹底的に国民へ押しつける思想を遺伝させたことになる。

この尼港事件はほとんど(と言うよりもまったく)近代史では子供から大人まで教えて来られていない。つまり、教員組合にとって不都合な歴史だからである。

その不都合な近代史の上に何が起きたかというと、それが大正12年9月1日の関東大震災であり、NHKが特集した『朝鮮人虐殺』につながって行く。在りもしないことだったのではなく、虐殺される原因を朝鮮人が起こしていた。それが朝鮮人の中の『抗日分子』であり『赤軍』の意思を持つ社会主義思想だったのである。

彼らは日本に混乱を起こすことを使命としていて、大地震などはまさにうってつけの好機だった。

すべての朝鮮人がとは言わない。しかし、殺されるほどの暴虐をはたらいたのはこうした朝鮮系の『赤軍』だったのであり、その思想的な子孫がNHKだったりA新聞だったり社会党だったり弁護士会だったりに伝えられていった。

もし日本の教育があらためて正確なものにしようとするならば、このほとんど誰も知らないような尼港事件から掘り起こさなければならない。

これを世界が知っただけで、南京事件の本当の犯人が見えて来るはずだ。



お後がよろしいようで。





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