東京は「打ち出の小づち」

事の始まりはここにあった。2003年に石原慎太郎東京都知事(当時)の選挙公約に基づく即断で設立されたのが「新銀行東京」だった。既存のBNPパリバ信託銀行を公有化することで発足したこの銀行は、東京都が1000億円を出資し、民間企業も出資して資本金・資本準備金合わせて1,187億円だった。

バブル崩壊後の金融市場は不良債権の処理に苦しんでいた時代であり、融資よりも返済に重きがおかれていたために中小企業は運転資金の調達に苦しんでいた。そこで石原都政は無担保融資などによって中小企業を資金面で支援しようとしたのだったが、開業後わずか3年で累積赤字が1000億円近く積み上がり事実上の破たんに至ることとなる。

しかしバックギアが付いていない石原都政は「都の公共事業請負先企業への貸し付け拡大、都の政策との連動を強化などを軸に黒字を目指す」として400億円の公的資金を注入して事業の再建を図る。つまり設立当初の1000億円と400億円の追加投入という、合計1,400億円もの東京都予算(税金)が石原のなかば強引な意向を受けて投入されたことになる。

この新銀行の構想の元になったのは、経営コンサルタントにして韓国梨花女子大学国際大学院の名誉教授、ならびに高麗大学名誉脚韻教授を務める大前研一が石原に持ちかけた仮想銀行がきっかけだった。2001年(平成13年)のことだった。

大前の構想はあくまでも決済機能に特化した新銀行構想だったが、そこへ石原の「貸し渋り対策」「引き剥がし対策」という子供じみた人気取り選挙公約が加味されて新銀行東京は誕生する。

この1,400億円が下敷きとなって2016年東京オリンピック招致活動が始まったのが2006年の東京都議会だった。その頃すでに「東京大改革」という不動産にからんだ再開発計画が水面下で進められていたのであって、青島都政の頃に都市博が見送られたお台場が雑草茂る空き地と化していた。

臨海部の再開発に関し、国際会議場や民間放送局などを建設して都心部の不動産を流動化させることで再開発と巨大利権を同時に遂行させようとする計画だった。だから、石原にとって新銀行のつまづきなどどうでも良いことであり、それらのカードの一つが老朽化した築地市場でもあったわけだ。

「東京大改革」という名の不動産利権が主たる目的であって、その方法として五輪招致や卸売り市場の移転や東京ガス跡地の買い上げなどが後から付いて来ることになる。「石原都政にはバックギヤがない」と申し上げた。走り出した以上は前に進むしか道がない。2016年の五輪招致に必死になった石原だったがリオデジャネイロに決定したことから「ならば2020年でどうだ」と猪瀬へバトンタッチしたわけだ。後戻りができない利権構造はすでに始まっていた。

その「美味い話」を嗅ぎつけたのが森だったわけであって、彼にはゼネコンとの太いパイプがある。石川の田舎政治家だった男は、密室談議で総理の椅子を手に入れて加藤の乱まで起こしながらも、バブルの熱が冷め残っていた首都圏の利権を食い漁った。

つまりこういうことだ。豊洲の土壌汚染がどうだ、五輪会場がこうだと個別な話をしていても、結局は1,400億円の新銀行東京に行き着くのであり、それを後ろでそそのかしたのが韓国の大学の名誉教授だったというお粗末が露呈するのである。

尖閣諸島の買い取り問題は、中川昭一議員がこだわった中国のガス田開発とリンクしている話だが、集まった寄付金がどうなったのかは今では誰も問わないし、東京都の予算でもない資金なのだから基金にされていることもあり得ない。

この島には地主(地権者)が居て固定資産税がかかっていた。それを負担としているとの話から石原東京都知事(当時)が購入計画を建て、副知事だった猪瀬が寄付金の募集というアイデアを出した。結果的に14億円が集まったが、野田内閣によって尖閣諸島が国有化されたためにこの14億円という寄付金が宙に浮くこととなる。

石原都知事は島の港湾施設などの建設・整備費に充てることを条件にこの寄付金を国へ譲渡することを発表し、後任の猪瀬も同調したが「話がちがう」「寄付金を返還せよ」との声があがってにっちもさっちも行かなくなった。ここでも「バックギヤがない」ことが証明されている。

もし東京都が尖閣を購入した場合、灯台や船着き場などといった施設を建設したであろうことは間違いなく、それは中国の望むものではない。逆に野田内閣が国有化することで石原の動きを封じる格好になったのであって、国有化したことで野田が中国から睨まれたなどといったことは表面上の演出だったことが明らかとなる。

国有化したということは地権者から政府が買い上げたということであり、一説によれば20億5000万円とも言われている。つまり東京都が二度と口を出せなくしたのが民主党政権であり、その後の中国の領有権主張の元になっている。

一方の猪瀬と言うとどうしても避けては通れないのが医療法人徳洲会グループとの癒着であり、猪瀬は徳田の資金力を利用するとともに徳田はグループの老人保健施設に都の補助金を利用していた。

猪瀬はまた、清水谷公園横に建設が予定されていた参議院議員宿舎を白紙撤回したことで千代田区選出の内田茂から恨まれていて、対立関係にあった。内田は猪瀬の引きずり下ろしに躍起となり、一方の猪瀬は内田のことを「東京のガン」と罵った。現在の小池都政はその延長線上にあるわけだ。

東京都議会、まさに誰かが言った通りの『伏魔殿』である。

都市計画は4年そこそこで完成するものではなく、利権を莫大なものにしようとすればするほど長期の時間が必要になる。石原が都知事の再選を狙って選挙公約で耳当たりが良い新銀行なるものを言い出したのも、「東京大改革」による利権に預かろうとしたためのことだった。

そして、その企みのための1,400億円の支出の埋め合わせに引っ張って来たのが東京ガス工場の跡地買い上げだった。東京ガスの有力株主が東京都だったからだ。豊洲に築地市場を移転させることによって空き地にNHKを持って来る。すると神宮の再開発につながり、神宮球場や国立競技場などがからんで来る。そこに森が食らいついて来た格好になっている。

ただの小説家でしかない石原や猪瀬に、政治的能力や経営力を求める方が間違いだった。高い能力があったのは、ただ利権に群がる嗅覚だけだった。その点では森も同族なのかも知れない。

そしてこの点はだれもが認識しておかなければならない。利権が巨大であればあるほど、関わる立場の者は増えて行き、やがて都民全員が何がしかで関わらざるを得なくなっていた仕組みだ。

「コンパクトなオリンピック」という謳い文句だったはずの計画が、いつしか埼玉や千葉や神奈川などを巻き込み、森の失言によって尻拭いまでさせられ兼ねない状態に来ている。

儲けたカネをカバンに詰めて、どこかへ逃げ出すやつはいないだろうか。日本人だけとは限らんぞー。アメリカ人や朝鮮人はいねがー!







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