蓄積

テレビ朝日の番組に「世界が驚いたニッポン スゴーイデスネ視察団」というものがある。別に無意味に日本をもてはやすつもりはないのだが、日本人でさえが知らなかったような凄い技術を持っていたりするから、よく観ている。

しかも外国の業界人の目を通して日本の視聴者に教える手法は新鮮なものを感じる。

1月28日放送分で、中国の環球時報の記者シュワピンさんが、奈良の呉竹の工場で書道に使う墨の製造過程を取材していた。

彼女いわく、中国の墨は雑な色合いになるが、日本の墨および書には奥深さがあるという。

もちろん漢字も墨も中国からもたらされたものではあるが、すでにその技術は継承されることなく漢字も略式化され、書道も墨も質を落としてしまっている。そのために環球時報が呉竹の技術を取材して中国人に伝えようとしている。

この番組を観ていて思ったことがあった。

中国は四千年の歴史とか言っているが、それは毛沢東による「大躍進政策」と「文化大革命」で根こそぎ過去の文化と決別している。だから歴史の積み重ねとしての技術の継承は断たれてしまった。つまり現在の中華人民共和国には四千年の歴史などなく、みずから捨て去った過去が歴然として残っている。

文化人や芸術家などは社会主義の邪魔になるとして虐殺され迫害された。今さら奈良の呉竹の墨のすばらしさに唖然としても意味はない。

そうした技術・文化の断絶を招いた中心的犯人が毛沢東であって、中国人民元の紙幣に描かれ続けている。中国共産党の一党独裁だから無理もないのかも知れないが、一定レベルの教養ある中国国民は自分たちの国と歴史についてどのように思っているのだろう。

四千年もの歴史の積み重ねがあればこそ、日本はそれに学ぼうとして教えを乞うて来たのだが、国民党軍に日本と戦わせた共産党はただ逃げ回っていただけだという。毛沢東自身が嬉しそうにそう語ったと言うのだから隠しようがない。その挙句に疲弊した国民党を追い出して社会主義国を建設した中国共産党はすべての歴史的文化を焼き尽くした。

環球時報が呉竹の墨に驚愕するのもわからなくもない。

その一方で「半万年」とか勝手に言ってる朝鮮の歴史はどうだろう。あっちは王朝が交代するたびに過去の文化を捨て去り続けた。積み重ねられるよりも取り壊す方に力を割いて来た。だから何も持たない。あるのはハングルという発音記号だけだ。

歴史や文化の積み重ねがなかったからこそ、明などの属国になるしかなかったのだし、弱者ならではの判断だったのだろう。そんな朝鮮がどうして五千年もあるのか意味が通らない。

儒教を取り入れた李氏朝鮮は、仏教の僧侶を奴婢階級に貶めた。対馬から盗まれた仏像はその時代に「倭寇」から略奪されたと言うが、「倭寇」が日本から来たとは断定できていない。ましてや当時の李氏朝鮮が仏教に価値を置いていたはずがない。

日本は天下統一を武将たちの手で次々と繰り返されたが、天皇家そのものは断絶することなく続いて来た(通説ではそうなっている)。

つまり日本の政治体系がどんなに変わっても、国家元首はずっと同じだったのであり、その臣民が守り伝えた技術や文化は連綿として積み重なっている。

もし日本が「積み重ね」を焼き払った時代があったとすれば、それはマッカーサーによるものだったろう。

「日本の民主主義はマッカーサーが持って来た」といった嘘八百を言いたがる向きがあるが、だとすれば「大正デモクラシー」とは何だったのか。「明治時代の自由民権運動」とは何だったのか。江戸時代に流行した「お伊勢参り」とは何だったのか。

マッカーサーは日本に民主主義を持って来たのではなく、二度と白人に逆らわないための「自虐史観」を持って来たに過ぎない。

中国の習近平が「毛沢東返り」を目指していると言われているが、アメリカのトランプ大統領を見ていると「マッカーサー返り」をしているように思えて仕方がない。

マッカーサーによって「自己否定」を教え込まれた日本人は、気付かないうちに皇室の在り方を変えようとしている。

しかし、そのことに気付かせてくれるのが皮肉なことに韓国の混乱だったのかも知れない。韓国の「反米」「反日」が北朝鮮の工作だったと、韓国人もやっと気が付きはじめている(がもう遅い、引き返すポイントは過ぎている)。

こんな時代の時に、安倍晋三が政権を握っていたことが日本人の「ラッキー」になるのかも知れない。ただし、間に合わなくなる前に防衛大臣だけは代えておいた方が良い。




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