陰険な顔のクルマ

個人的な好き嫌いを言わせてもらう。最近のトヨタ車のエクステリア・デザインは好きじゃない。フロント周りを「顔」と呼ぶのであればヘッドライトは目に相当する。だから一時期流行った「リトラクタブル・ライト」という収納式のヘッドライトはクルマの「顔」をのっぺりとさせ過ぎて個性がなくなっていた。

リトラはやがて安全面から販売規制する国が出て来て、輸出国は製造を中止した。レビンとかRX-7とかセリカXXとかプレリュードとかいろいろあった。ピアッツァ・ネロとかいう中途半端なのもあったっけ。

ところが前照灯は緊急時でも即座に使えなければならないとする意見が出て来たために、固定式のものに戻って行った。レースカーではないのだから、前照灯が固定になっても何の不都合もないし、かえってクルマごとの個性が示されるものとして私は歓迎していた。

ヘッドライトにレンズを組み込んだのは「お元気ですか?」の日産セフィーロだったような気がする。もっと前からあったのかも知れないが。

ライトを「目」として凄みを感じさせるデザインは、トヨタ・ウインダムの吊り上がったヘッドランプだったかも知れない。

まぁあのころまでの日本車のデザインは、国内向けにも海外市場にも受けが良いように上手にできていた。

デザイン的にはホンダがユニークだったのだが、面の処理と塗装技術は圧倒的にマツダがトップだった。ユーノス・ブランドがそれを引き上げていた。実際に古いホンダ車は走っていない。ディーラーがモデルチェンジごとに買い替えを勧めることも理由のひとつだったろうが、実際にホンダ車はよく錆びた。何代か前のシビックをほとんど見かけなくなったことが「ホンダは長持ちしない」といったイメージを植え付けてしまっている。本当はセールスマンがフィットへの買い替えを勧めただけなのに。

ホンダやマツダは「体育の授業は100点なのに、国語が20点」という子供に似ているのだが、トヨタや日産になると「どの教科でも70点」という安定感があって、しかしとびぬけて魅力的な製品は数えるほどしかなかった。

さぁそこでだ、国民車として日本人の支持を集めた完成度の高い製品がいくつかある。ホンダのカブとトヨタのカローラとニッサンのサニーだった。決して高級車ではなかったが「やすもの」でもなく完成度は高かった。

リースで乗っていた会社支給のカローラは、ものの見事に10万キロでマフラーからラジエターから何から何まで交換になったが、それまでは無故障だった。図ったように壊れるクルマ造りを見て腹が立つ前に感心した覚えがある。

その次のリース車はコロナだったが、こちらは15万キロがそうだった。それまでバッテリーとタイヤの交換以外は1度も手がかからないのだから凄いと思った。まぁ、リースだから専門の工場が定期的なメンテナンスをやってくれたせいではあるが。

日本は車検制度と税制上の問題で買い替えをした方が得なようにできているが、「まだ走るのに」といってスクラップを買って行くのが極東ロシアだ。20年落ちのシーマなんか、新品のロシア車よりも性能が良い。



ところが、最近次々に出て来るレクサスシリーズが、細くて吊り上がった陰険な顔つきになっていることに気が付いた私は、ミライを見て確信した。「コレは日本人の支持を掴もうとするデザインじゃないな。アメリカで売れればそれで良いという商品だ」。

その次に出て来たのが新型のカローラだった。解散した歌の下手な小男が宣伝しているが、大衆車であるカローラまでをあんな顔にしちゃダメでしょう。何考えてんだか。

逆を行ってホンダは軽自動車のN-ONEで丸型ヘッドランプを採用して人気が集まった。スズキもハスラーで丸型が評価された。

マツダは新型ロードスターに細い目を付けたが、兄弟車のようなアバルト・スパイダーはやんちゃな顔をして目を見開いている。

目を細めて、歩行者をにらみ付けるような顔のクルマが大衆車としてぞろぞろ走り回る社会を想像しただけで、「ああ、この国からいじめがなくなることはまだ先だろうな」と思ってしまう。

カローラ


もっと優しいデザインは育たないのだろうか。とんがる時代は過去のものだと思うんだが、ねぇ蓮舫さん。「テヘっ!」



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