ゴールポストを動かすのは誰だ

あまり相手にはしたくないのだが、瀬戸際に追い込まれた韓国の世論が二分しつつあるらしい。いわゆる『慰安婦像を撤去する』か『日本外交官が戻る』か、によって『勝ち敗け』が決まるとする相も変らぬ単純な世論だ。なるほどお稲荷さんの首を叩き折って喜ぶ程度の国民でしかない。

『慰安婦問題』は過去における事実だと決めつけた上で、過去を重視するのか現在ならびに未来の国際的立場を重視するのかという葛藤にさいなまれているわけだが、年内に予定されている大統領選で歴史問題を政治利用してはならないと、何だか変な方向へも動き出している。

右派系の朝鮮日報ならびに中央日報は、日本で言う「全共闘」に相当する世代である左翼系学生運動家出身の文在寅(共に民主党)の『日韓合意破棄』という主張を取り上げて「国際社会からの批判を自覚しなければならず、選挙運動の道具に利用してはならない」と批判している。しかし、左派系のハンギョレ新聞は「慰安婦像を政治利用しているのは日本政府だ」として、「像の設置が日本の責任回避と歴史無視に対する韓国市民の抗議であることを日本政府はわからなければならない」と攻撃的に出て市民感情の正当性を主張した。

この『歴史か国益か』に対するジレンマを抱え込んでいるわけだが、まだ彼らは気付いていない肝心かなめのことがある。「自分たちが主張している近代史は本当の事実なのか」という根本的な問いかけである。そこがグラついてしまうと議論が成り立たなくなってしまう。『歴史か国益か』を問う以上は、正しい歴史なのかを再検証してみる作業がどうしても必要になって来るはずなのだが、そっちの作業に着手する知識人はだれもいない。つまり『歴史か国益か』ではなく『仮定のことか国益か』というあやふやな選択で愚かしく悩んでいるのが今の韓国社会だ。

事実というものはどっしりと落ち着いたものであって、周囲の状況に応じてあっちに行ったりこっちに行ったりするようなものではない。2万人と言ったり5万人と言ったり、終いには20万人と言ったりするような与太話に踊らされた国民はどうして「変だな」と思わないのか。今回また『日韓合意』を破棄するとなれば、「韓国には条約や契約は通用しない」ということを世界に宣言した形になるのであって、貿易立国で成長して来た韓国という国家が奈落の底に墜落することを意味している。「また韓国がゴールポストを動かしたよ」と言われるだけだ。こうやって好き勝手に変幻自在できる『歴史』にどれだけの説得性があるだろう。韓国の歴史家が着手しなくても、世界中の研究家が掘り下げることにでもなれば、もう韓国は立ち直れなくなる。間違いなく。

一昨年暮れの日韓合意での「最終的かつ不可逆的に」という文言は、実は韓国側が求めたものであったことが明らかになった。つまり『「河野談話」を踏襲する以上は「慰安婦の強制連行はなかった」だの「虐殺はなかった」だのとひっくり返すようなことを二度と言わないと約束しろ』と韓国側が求めたものだったらしい。ところがその『不可逆的』との文言が今となっては韓国自身の足かせになってしまい、文が『破棄だ』と言い始めたわけだ。そりゃ世界中が『Oh No!』『a stupid fellow』と言うに決まっている。

まぁここで何度も言っている通り、韓国の国家体制をこなごなに破壊することが北の目的であり、そのための工作をしているのが挺対協であり文在寅でありハンギョレ新聞なのだから、彼らの利益に適った適切な攻撃方法だとは思う。日本のテレビ番組に出て来て、日本人が韓国を嫌うように嫌うようにと誘導している金切声の大学教員も、彼女もまた工作員としての仕事はしているわけだ。

前回ご説明したように、北の工作員はまず日本へやって来て日本人を殺したりあるいは一家全滅したような者を狙って戸籍を乗っ取る。そうやって日本人になりすましてパスポートを作る。そのパスポートで韓国へ入る。堂々と金浦空港から。そうやって入国した工作員たちが新聞テレビや警察や裁判所や政界に染み込んで行った。日本でおこなわれている工作とまったく同じことが韓国でもおこなわれていた。

だから日本人に『嫌韓感情』を植え付けることは、彼ら北朝鮮を利することに他ならない。ソレをやっているのが金切声のおばさんだ。まるで韓国を擁護しているかに見せるという逆説的方法で。

朝鮮半島の住民は直情型で感情の起伏が激しい。深く考慮して主張を決定するということが少ない。過去には情報が少なかったことから生きて行くための方法として熟慮も必要だったが、新聞テレビや学校教育などが普通のことになってから特定団体が有利になるような『刷り込み』が加えられるようになり、「深く考えるな、信じる者は救われる」という環境を作り上げてしまった。

だから誰も彼もが北の工作員というわけではないし、それは日本の左翼も同じなのだが、明らかにある特定の一つまみだけによってコントロールされている。

だから今回の『慰安婦像』の騒ぎにしても「AかBか」という選択ではなく、「Aとは事実なのか」をまず検証すべき頃合いに来ている。朝鮮・中央両日報が気付こうと気付くまいと。

たしか、吉田なにがしが作り話として言い出したことだったような・・・(前回記事を参照)

国益を天秤にかけるほどの確定事項だったのか、疑わしい、疑わしい・・・





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