正月の残り酒

昔の「いっとき」とは今で言う「2時間」のことを指す。つまり一日24時間を12等分するわけだ。(日の出から日没までが季節によって変化するので、現在の西洋式時間とは同一ではないのだが)

ところが方角に関しては時計の文字盤と同じで360度を12等分することができる。時刻ではなく方角の場合の話だ。

桃太郎が猿とキジ(鳥)と犬を従わせたという童話は知らない人はいないが、これを「猿=申」「鳥=酉」「犬=戌」と置き換えたらどうなるか。時計の文字盤に例えるならば8時と9時と10時に相当する。方角に言い直せば、「西南西」と「西」と「西北西」ということになる。

一方で「鬼」というのはどういうことかを検証してみよう。鬼は虎のふんどしをして頭に角を生やしている。このことは「牛」と「虎」を指している。これを「牛=丑」「虎=寅」と置き換えたら、方角的には「北北東」と「東北東」に位置することになる。

つまり桃太郎が「西南西」と「西」と「西北西」の家来を連れて「北北東」と「東北東」を攻め滅ぼした、ということになる。これほど有名な話は他にない。

では、誰が桃太郎本人だったのかという疑問は必ず出るのだが、少なくとも時計の文字盤の中央に位置していた部族だったことは間違いない。必ず自分を中心にして「北」だとか「南」だとか言いたがるからである。朝鮮半島の東にあるから「東海」だなんて桃太郎伝説と大差ない。



では、どうして円が360度になったのか。水平が180度だと誰が決めたのか。

マゼランの時代に大航海が始まって、球体の地球を緯度と経度で分割する必要があった。地球の自転軸の延長線上に北極星があったから、仮に北極からその星を見上げれば真上になる。しかし赤道上からこれを見ると水平線に見え隠れすることになる。

1年は365日とわかっていたから、球を365で割ったらどうだろうという案が出たが、そうなると半分の水平が182.5という端数が出て来てしまう。そのまた半分の直角は91.25ということになって、とてもじゃないが365を導入することはできない。

そこで横で聞いていた賢いメイドが「だったら360にしちゃえばどうなのさ。半分が180でしょ。そのまた半分が90になるじゃない」

メイドだったかどうかは定かではないが、現在の常識になっている360が便宜上のことだったことは明らかだ。



クリスマスはイエス・キリストの生まれた日だとされているが、実際には冬至の祝日であって「これからどんどん日が長くなって行くよ」とする喜びの日だったという。ところが昔のキリスト教の人々は1年が365日だということを知らなかった。もう少し日数が多いと思っていた。だから12月21日前後の冬至のことを12月25日と間違った祝いをやらかしたわけだ。

その点ではインカ帝国の方が先んじていたのかも知れない。

キリスト教の宣教を口実にしたスペイン・ポルトガルの兵士によって滅ぼされた文明が哀れではある。



酉の刻にさんずいを付けて、今夜も晩酌と行こう。




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