長崎の孔子廟

沖縄のメディアや地方自治が中国によって乗っ取られているかのような報道がなされている。確かにそのような事実はあるだろう。

しかし現在の翁長知事は福岡にいた中国総領事によって画策されたものであることは今となっては知らぬ者がいない話であって、そうであれば福岡には相当な中国の工作が入っていることを示している。

しかし、あまり知られてはいないことだが、長崎県が中華人民共和国によって早くから絡めとられている事実を報道するメディアはほとんどいない。

グラバー園とオランダ坂の中間に孔子廟(こうしびょう)という観光施設がある。中国歴代博物館という名称を掲げているのだが、長崎県は中国との国交回復を得て台湾を政府として認めなくなった時期がある。もっと言えば、台湾(中華民国)との交易を理由として中国(中華人民共和国)との交易を遮断されて孔子廟の展示物を引き揚げられた過去がある。重要な観光資源である孔子廟の展示物を返してもらうために長崎県は台湾を斬り捨てた。その見返りとして中国(中華人民共和国)からご褒美にもらったのが「総領事館」だった。現在は長崎県警の警備の元で浦上天主堂のそばにある。

ご承知の通り日清戦争による勝利で台湾が日本へ割譲されたのだが、日清戦争は明治28年に終結している。その当時はもちろん中華人民共和国という国家は存在していない。

その2年前(明治26年)に「長崎孔子廟」が起工され同年11月に竣工した。

日清戦争によって日本へ割譲された台湾だが、明治39年(戦後11年)に長崎は「長崎華僑時中小学校」を孔子廟内に建設している。

当然、大東亜戦争当時も台湾は日本の一部として身内あつかいを受けていた。

田中角栄による「日中国交正常化」まで、台湾を身内に見ていた長崎はいきなり中国へ尻尾を振ることになる。

田中角栄と周恩来が署名したのは1972年9月だったが、1975年には孔子廟は「中国現代美術工芸館」と名称を改めている。長崎では「孔子廟」という名称が禁止されたために「唐人館」と呼ばれた。中国政府が長崎県に対して「台湾を認めるな」と言って来たことによる。

長崎県の柔軟姿勢を見て取った中国(中華人民共和国)は1990年(平成2年)に孔子廟の中に「中国歴代博物館(北京故宮博物院)」を許可して、台湾の故宮博物館を全否定して見せた。

長崎県とは、いわゆる中華人民共和国と中華民国との勢力争いに利用された土地であって、歴代の長崎県知事もまた中国に尻尾を振り続けている。

長崎で何かのイベントがあるたびに、中国総領事はニコニコ顔で参加し「長崎と中国は一体だ」と発言している。




トランプ次期大統領によって、米中・米台の関係が微妙な状況になって来た。下手をすれば空母打撃部隊が動くことになりかねない。

それはどこから? たぶん佐世保基地からだろう。

長崎県民よ、沖縄で起こっていることは他人事では決してないよ。どのような判断で知事を選ぶ?





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