人工知能の良し悪し

NHKの番組で『総合診療医・ドクターG』というのがあり、たまたまみかけたら観るようにしている。

その番組では、なかなか診断がつかない患者が、あちこちの病院を回って不調を訴えるが「異常ありません」と門前払いにされるパターンが繰り返される。少なくとも私が観た番組は毎回そうだった。最終的に専門医に出会って劇的に回復するというものだが、たらい回しにされた時間と労力と何より費用の無駄は取り戻すことができない。

私が世話になっているかかりつけ医は「定期的に学会に出席して最新の知識を仕入れていないと、一生ものの医師免許を維持できないんですよ」と言っている。

ところが最近こんな話を聞いた。人工知能が発達して、コンピュータに何千冊分の最新医学データを入力すれば、個々の患者の検査データと遺伝子解析によって最適な治療と投薬を瞬時に指摘することができるようになる。ただしそうなれば日本医師会がもの凄い抵抗をするだろうというわけだ。

機械メーカーの技術者が、顧客の故障の際に出向いて現場で修理する。その技術者の腕次第で、一発で修理することもあれば何回も往復しなければならないこともある。サービス・スタッフの優劣で生産能力が左右されることになる。ところが今ではスマートフォンで写真や動画が送信できるので、修理対応は現場から本社工場の専門部署に直接つなぐことが可能になった。「その基盤の何番目の集積回路を交換すれば良いよ」と教えてもらえるというわけだ。

先端技術の発達とは、そうやって社会の負担を減らしている。だから利権だ何だと言っても、医学界が変化するのは必然的かも知れない。




ところで、少子高齢化が進んだことによって、何かとてつもない危険な社会になってゆくといった認識が広まっている。社会福祉費の負担は確かに増えているが、新聞テレビが言うように本当に人口減少による労働力の不足が起こるのだろうか。だから外国人労働者を受け入れるべきなのだろうか。そのあたりに「誰か」の恣意的な企みが隠されているように思えて仕方がない。

上記のように人工知能が発達しているのだから、作業の効率化は急速に進んでいるのであり、労働力の減少をカバーして余りあるのではないかと思っている。

だから機械では決してできないことだけに集中して学ぶようにすれば、後のことはどんどん機械に任せて行って良い時代がすぐそこまで来ているように思う。外国人を受け入れることによって、そうした職場を日本人は失うのではないだろうか。

先端技術の発達がストップしたままだという前提でなければ、少子高齢化と人口減少の問題は危険因子にならない。

すでに経理部門と証券取引は人工知能が担っているという。むかし商業学校でそろばん検定に向けた教育をやっていたことは今では別の意味しか持っていない。写真部に暗室があってフィルム現像をやっていた時代はとっくに終わっている。

またレコード盤のアナログ音源が見直されつつあるといった特殊な話はあるものの、それは効率化が進んだ社会から生まれる「ゆとり」だ。中国人観光客が爆買いから体験型観光にシフトしているように、いつまでも同じところにとどまることはない。だから「人口が減るのなら外国から労働者を連れて来れば良いじゃねぇか」というのは足し算・引き算の幼稚な論理であって、川の水は常に流れているということを忘れている。

我々は川に流れる笹の葉のようなものだ、社会を決めつけてはいけない。スメタナの『モルダウ』でも聴くとするか。





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