『どっちの台湾人?』

蓮舫が台湾か日本かという問題がとりだたされていたけれど、一言で台湾といっても二つの意味がある。今は「台湾民主進歩党」が与党になっているが、その以前は馬による「国民党」が政権を担っていたのであって、国民党の歴史をたどって行くと蒋介石(チャン・チョンジェン)に行き着く。

蒋介石は大日本帝国陸軍の第十三師団で野戦砲の将校として勤務したのちに、辛亥革命に参加し孫文に認められる。辛亥革命とは古代から続いていた君主制である清朝が日清戦争によって滅びた後で、民主共和制を打ち立てようとして起きた民主化革命である。

しかし大日本帝国が大東亜戦争に敗北すると、共産革命を目論んだ毛沢東によって国共(国民党対共産党)内戦へと発展し、日本との戦いに疲弊していた国民党軍は空き家になっていた台湾へ逃げ込む。

日本によって近代化を遂げていた台湾の人々は、粗暴な国民党軍の侵入によって略奪暴行の憂き目に遭った。一説によれば当時の中国の首都だった南京で虐殺行為に出たのは、共産党軍との戦いの際に国民党軍が民間人を手にかけたものではなかったかという話もある。

つまり戦後の台湾とは、大陸から侵入して来た国民党が支配したのであって、土地の所有権であるとか開発利権なども国民党に関係する派閥で占有されていた。ここに外省人と本省人との二層構造が出来上がる。

日本統治時代に近代教育を受け、近代建築に触れ、そして農業用水の確保のためのダム建設などといった日本の貢献に対して、水道も生まれてはじめて見るような野蛮な国民党軍が暴力を使って威張り散らしたことから、両者の溝は急速に深まって行った。

だから『台湾がなぜ親日国家なのか』といった議論も本当はまちがいであって『どっちの台湾人?』と問い返す必要がある。蓮舫が台湾人だったとしても『どっちの台湾人だったの?』ということであり、場合によったら従軍慰安婦少女像を建設しようとした馬の一派につながるかも知れないのだ。

1919年に日本によって建設された台湾総督府の建物は、重厚な赤レンガ造りで、現在も台湾総統府として使用され、うち続く地震にも耐えている。

どこぞの野蛮人が「日帝残滓」などとののしることもない。




香港に住む人々は「中国人(チャイニーズ)」と呼ばれることを極端に嫌うという。1997年にイギリスから返還された香港は、署名した鄧小平によって50年間(2047年まで)の一国二制度を約束したものの、「返還されればこっちのもの」とする態度で香港市民をだまし討ちにしたのが「中英共同宣言の無効表明」だった。

清朝が戦争に敗れて戦後賠償に割譲したのは台湾だけではない。香港も清朝から英国に渡されたものだ。その香港住民をだまし討ちにした中華人民共和国が、中華民国(台湾)とまともな取り引きをするはずがない。




しかし近代の日本人って、隣国であればあるほど、歴史を知らないね。蓮舫が台湾人だったとしても、だれも「どっちの?」とは聞かないもの。

まぁ、一国のリーダーを先日まで馬にさせていたような国だ。ブレーメンの音楽隊に登場するのは・・・ロバだったっけ。




スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR