『わが祖国』

私にはこだわりの曲がある。ベドルジハ・スメタナが作曲した連作交響詩『わが祖国』である。第二交響詩である『ヴルタヴァ』は、日本では『モルダウ』という題名で知られている。この曲の旋律も美しいのだが、個人的には一番目の『ヴィシェフラド』が好きだ。

ヴィシェフラドとはプラハにあった城の名前であり、ボヘミア王国の居城だった。

私が現役で働いていたころ、よく飛行機の国内線を使って全国を飛び回っていた。文化財関係の知識を持った建設業者はまだ少なかったので、あちこちの設計事務所からお呼びがかかっていた。自治体発注の美術館とか博物館の計画があちこちであったのだ。

私は飛行機に乗るたびにウォークマンとかCDプレーヤーを持ち込んで、窓の景色を見ながら『わが祖国』を聴くのを常としていた。(航空機は離発着時以外は電子機器が使用できる)

日本は実にみごとに緑豊かな国なのだが、悲しいかなほとんどの山が杉の植林で覆い尽くされている。戦後の荒廃した国土に、カネになる杉や檜を植えようとした農林行政の結果だが、安価な外国産材に押されて日本の林業は一気にすたれた。間伐材の伐採がそのままになっているために森は手がつけられない状態になり、広葉樹で豊かだったはずの日本の山がカナダのような針葉樹で埋め尽くされた。

最初の内は「ああ、日本の風景だ」と感激しながら眺めていたが、文化財収蔵庫などの関連で木工業者の人々と接するようになり、木材の事情を聞くにつれ、日本の国土を覆う杉林の悲しさが理解できるようになった。スメタナの『ヴィシェフラド』とは今は亡き王国の城跡であり、その旋律を聴きながら日本の風景を見るのが切なくなって来た。

そして1990年のクーベリックの帰国と、その年の「プラハの春音楽祭」のオープニングに、恒例の『わが祖国』を指揮したクーベリックの姿だった。

ラファエル・クーベリックはチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を務めていたが、大戦後の1948年にチェコスロバキアに共産党政権が誕生しクーベリックはイギリスへ亡命する。

その後のクーベリックは、シカゴ交響楽団やバイエルン放送交響楽団などで活躍したが、共産化した祖国へは戻れなかった。

1973年にスイス国籍を取得して病気を理由に指揮者を引退するが、1989年の「チェコ民主化革命」が起きハヴェル大統領の要請を受けて帰国し「プラハの春音楽祭」のオープニングを飾った。チェコ・フィルは彼に終身名誉指揮者の称号を贈っている。

その後1996年にスイスで死去したクーベリックは、祖国のヴィシェフラット民族墓地で父と同じ墓所に埋葬された。彼の魂は祖国へ帰ることが叶ったのだ。

新聞で彼の訃報を知った時、私ははからずも涙してしまった。

欧米人の共産主義への絶対的なアレルギーを日本人はまだ理解できていない。




日本とは何の関係もないクーベリックの話なのだが、彼が振り、チェコ・フィルが奏でる『わが祖国』を聴くとき、「愛国心」の重要性をひしひしと感じてしまう。

1時間半という長時間だが、関心がおありの向きは動画で感激のシーンをご覧いただきたい。(第一は4分30秒ころから、第二は20分50秒ころから)
この演奏のテンポはカラヤンが振るベル・フィルを超えている。チェコの『わが祖国』はやはり、チェコの人々が演奏しなければ何の意味もないということだ。





皆さん、ご機嫌よう。





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