全録レコーダー

先日の某大学での暴行事件に関して書いた『実名報道』で、民放のある番組が間違って容疑者の実名を出してしまったという問題があった。

しかしそれは一瞬のことですぐに画面が切り替わったらしいがネットに流されてしまった。

よく国会の質疑などで、与野党のやり取りの際に話題性が高い部分がピックアップされて You Tube などで投稿されているが「よく録画してたもんだな」と感心していた。

しかし、床屋でその話題になった際に床屋のオヤジから笑われた。「知らないのかい。今ではすべての番組を勝手に録画する機械を東芝とパナが出しているんだよ」ということらしい。「記憶媒体の容量が飛躍的に増えて、何テラバイトもあるようになったからね」と。

「あ、それ何かで聞いたことがある。我が家にはそこまでの必要がないので他人事のように聞いていただけで、そりゃそうだね。後から欲しい映像だけを取り上げることができるね」

国会で安保法案が審議された際も、どさくさに紛れて飛び込みをやらかしてヒゲの隊長から叩き落とされた男がいたが、あのシーンにしても「全録」していれば後から探すことができる。

今では常識になっているようなことを、私は気付いていなかった。ああ恥ずかしや。



だとすれば、考えようによったら空恐ろしい時代になったということだ。政治家の失言にしろ放送事故にしろたった一瞬であっても取り逃がしがない。それが動画投稿サイトで全世界に流されてしまう。

誰も想定していなかったようなハプニングであっても確実にとらえることができる。口が滑ったとか語るに落ちたとか。放送番組などは著作権の問題が複雑にからむ話になるが、政治家の失言とかモザイク忘れだとかいった「データ」的なことは流出しても歯止めがかけにくい。

今年話題になった『貧困女子高生』にしても、NHKが取り上げた直後から彼女の部屋の画像を詳しく調べて『貧困なんかじゃねぇ!』という抗議の声があがった。あれも録画してないとできない芸当だ。

また、在日朝鮮・韓国人が犯罪を犯した際に、○○テレビは本名を出したが××放送は通名だったとか指摘する向きがある。あれも「全録」していればこそのことだろう。

だから地上波テレビはいよいよ緊張を深めることになって、下手なボロを出せなくなっている。つまり突っ込んだ取材や報道ができ難い方向に進んでいる。そこが週刊文春と週刊新潮の大活躍を許している背景だ。もはやテレビジャーナリズムは射程距離の長い弾丸を撃つことができなくなっている。鳥越や古館が馬脚をあらわしたことも手伝って、小さくまとまるしかなくなった。

その原因のひとつは「全録機」だったのかも知れない。下手をすればネットに流されるからだ。




いま日本は豊洲の問題と五輪競技場の問題と皇室典範の問題で揺れている。そんな時にテレビジャーナリズムが小さくまとまってしまうと、陰でほくそ笑む者がきっと出て来ることになる。彼は文春と新潮だけをマークしていれば良いことになる。

日本の社会が混乱することを喜ぶ立場の者がいて、それは沖縄のヘリパッド建設工事を妨害したりしている。日本の混乱を利益ととらえる者が居る。

皮肉にも日本の先端技術がそれを支えているのかも知れない。





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