虹の彼方に

知人がウクレレを弾くのだという。まだ聴いたことはない。

小雨もようの日に、縁側で鉢植えに少しだけ水をやって、ぼんやりと曇り空を見上げると

(ああ、こんな場面でウクレレとか聞こえて来ると、気分が良いだろうな)と考えた。

ハワイの何とかという男性が、オーバー・ザ・レインボーを弾いていた。ありゃ良かったな。




さ、仕事仕事。とっとと片づけよう。

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ロスト・ワールド

ひまだから天井見ながらあれこれと思い出していた。

実家を出て、初めて一人暮らしをしたときにはラジオしかなかった。

そのFM放送でジャズとか聴いて、ステレオで聴きたくなってアルバイトで貯めたカネでレシーバー(アンプとチューナーが一体化した機械)とヘッドフォンを買った。

たしかYAMAHAだったような気がする。

それからレコードプレーヤー(ナショナルのテクニクス)とスピーカー(三菱のダイヤトーン)をつないだ。

オープンリールデッキも欲しかったんだけど安アパートではボリュームを上げることもできないし、FMレコパルという雑誌を眺めて楽しむだけだった。

あのころだった、ホンダがシビックを出し、トヨタがセリカを発売した。

世の中、いけいけドンドンだったし、実際に日本製品は完成度を高めていた。

考えてみると、実家のモノクロテレビがカラーに代わったのは東京オリンピックの後だった。その後でテレビ電波がUHFとVHFに分かれたことから、テレビのチャンネルダイヤルが二つある機械に代わった。

あれからずっと実家はそのカラーテレビを使っていた。だから機械製品が壊れるなんて想像もしていなかった。とにかく日本製の機械は絶対に壊れなかった。

壊れても、町の電気屋さんとか自動車整備工場のおじさんたちが必ず直してくれていた。

そうした日本で生まれ、そうした日本で成長した。

(このブログを読んでくださる方の何割かは、うんうんとうなづいていることだろうと思う)




ところが私が社会人になって、仕事関係で出会った人の中に塗料メーカーの研究員がいた。

どこの誰とは言えないが、居酒屋で聞いた彼の話が衝撃的だった。

彼は言う。

「私んとこでは沖縄県のある島に研究所を設けていて、いかに計画通りに塗装が壊れるかの研究をやっています。一定期間の間は絶対に塗装が剥げないのに、一定期間を経ると急速に破壊される塗装にしなければなりません。でなければ買い替え需要が生まれないからです。この研究が完成すれば、いろんなメーカーからの受注に成功するんです」

クルマにしても家電製品にしても、家具や建材やあらゆる分野に言える話で、この情報にはノックダウンさせられた。

錆が出てきたクルマや冷蔵庫はみっともない。買い替え需要のために、わざと一定期間でダメになる塗装を施すのだと言う。

「ああそうか、奈良の法隆寺は千年以上も残っているのに現代建築の日本家屋は50年もたない。それに対してウイーンの都は石造り建築が昔ながらに残っている。商業主義の違いなのか」

もっとも、地震や台風などの自然災害が多い日本では、作っては壊すという「スクラップ・アンド・ビルド」のサイクルが早いからなのかも知れない。

しかし、それにしては手元のSONYのポケットラジオが動かなくなった。

製造元はSONYなのだが、どうやら海外の工場で製造されたものらしく、知人の話では「基盤のハンダが浮いてるんじゃねぇか?」だそうだ。

そうだとすれば、なかなか故障原因が見つからなくて、家電量販店などは「新しいものに買い替えたらいかがですか? お安いのがありますよ」と来るらしい。

むかし聞いた話だと、放送局で導入される機器のほとんどがリースなのだという。その理由は、新品のうちは良くても数年たつと劣化が始まるので、さっさと中古で手放すのだそうだ。

そう言われてみると、これまで中古車を買ってどれだけ修理費をかけたことだろう。

なるほどね、そういう仕組みになってたのか。

と言うよりも、日本の製品が品質を重視する時代は、とっくの昔に終わっていたということでもあるのかも知れない。




古いスカイラインとか117クーペが町なかに走っていることがたまにあるけれど、中途半端に古い20年選手くらいの中古車って、見かけないもんね。

最終期のサニーとかプレリュードとか、見かける?




ヒロシマ訪問

以前簡単にご説明したように、我が国における原水爆問題を取り上げている団体は代表的なものが二つある。

ひとつは「原水爆禁止日本協議会」(略称:原水協)であり主体は日本共産党。

もう一つが「原水爆禁止日本国民会議」(略称:原水禁)であり主体は日本社会党(現・社民党)と労働組合総評議会(現・労働組合総連合会=総連)。

これは、もともと原水協で一致していたものが、1965年の「部分的核実験禁止条約」の賛否をめぐって分裂したもの。

原水協は反対、原水禁は賛成の立場をとった。

そして核保有国であるとともに核実験を繰り返していたソ連が原水禁を全面的に支持していた。(ソビエト連邦共和国という国家がアメリカ合衆国を相手に冷戦をやっていた時代の話だ)

原水協(共産党系)は反核運動を安保闘争に利用する一方で、原水禁(社民党系)は核拡散防止条約(NPT)に好意的ではあるものの日米安保の前提が崩れた場合の核廃絶のために「脱原発」路線を堅持している。

わかりやすく言うとこうなる。共産党系は核兵器問題を日米安全保障条約にリンクさせたがっており、一方の社会党系は核兵器問題と原子力発電問題をリンクさせようとして来たわけだ。

「原水協」と「原水禁」、たった1字違いのそれぞれの団体がまどろっこしい程に似ているにも関わらず、それぞれの目指す方向はロングスパンで見れば見るほどまったく違った方向へ進もうとしているわけだ。

そしてここがいちばん重要なのだが、原水協にせよ原水禁にせよ、かれらがやっていることは「核問題をプラカードに掲げた、ただの政治運動」であるという点。ここを見失ってはいけない。

「核廃絶」という名の山の頂上へ登るのに、南側のルートを取るのか北側のルートを取るのか、といった違いでしかないように思われるかも知れないが、どうして別々のルートに別れなければならないのかと考えてみると、そこに政治的な隔たりがあるからだ。

米中露という3か国がそれぞれ核保有国になっているが、その三角関係のどっち寄りに立った方が「寄らば大樹の陰」となれるのかといった政治的判断をしているだけ。

決してヒロシマ・ナガサキの原爆被害を前面に出しているわけではないということ。彼らはどちらもヒロシマ・ナガサキを利用しているだけだということ。このことをはっきり知悉しておく必要がある。

しかし、これらに対して規模こそ小さいが「日本原水爆被害者団体協議会」(略称:被団協)という団体がある。

これもまた日本共産党と原水禁の対立の影響を受けて1964年に分裂した団体で、基本的に同協議会(被団協)は被爆者自身が構成員になっている。

ここでいったん整理しておこう。「原水協」(共産党系)、「原水禁」(社会党系)、「被団協」(被爆者団体)、の3つを区別しよう。



先日、来日中のバラク・オバマ米国大統領と安倍内閣総理大臣かそろって記者会見を開いた。

主に沖縄での殺人死体遺棄事件が取り上げられたが、米国の記者がこのような質問を投げた。「オバマ大統領が広島に行くのであれば安倍総理がパールハーバーに行くべきなのではないか」。安倍総理ははっきりと「現段階ではそのような計画はない」。

米国内には日本軍の捕虜になった経験がある退役軍人が、オバマ大統領の広島訪問に随行したいと申し出ていたが米国政府から正式に断られ激しい口調で抗議していた。

中国は「日本を被害者と認めるようなものだ」として不快感を示している一方で、韓国は「こっちの被爆者も出席させろ」と言って来ている。

長崎の一部の被爆者も「大統領の謝罪を要求する」と息巻いているが、もうこれだけ書いて来ればいいかげん誰でもわかって来るだろう。

核兵器というものを、政治と絡めようと画策する者がいる。人類が地球上で有史以来延々と続けた「戦争」と核兵器問題をごちゃまぜにしようと企む輩もいる。

ウイグル族に放射能被害を与えておきながら、いわれのない抗議を日本に仕向けてくるあつかましい国がいる。

オバマ大統領の広島訪問とは、「政治」でも「戦争」でも「メンツ」でも「謝罪」でもあってはならない。

被団協の理事長である坪井氏は「『情ではなく理性をもって、未来志向で人類の幸せを願いましょう』と言いたい。広島に来てくれただけで大歓迎」と述べて、大統領の献花に同席する予定になっている。




日本の連合艦隊がハワイの真珠湾を攻撃した際は軍事施設だけが目標だった。

日中戦争当時、中華民国の首都南京が陥落し漢口へ移りさらに四川の重慶へ遷都した。日本軍は重慶に無差別爆撃をおこなったと東京裁判で糾弾されたが、敗走を繰り返す国民党軍が民間人を虐殺したという話が残っていて、それらの被害者数が重慶爆撃に置き換えられたとするのが一般的になっている。

一方で東京をはじめとする多くの都市部が米軍の爆撃機によって焼夷弾攻撃を受け、焼け野原にされた。当然何万人もの民間人犠牲者が発生している。だから死者数だけで優劣をつけるならば「20万人住んでいた南京で30万人が殺された」などといった本当に不思議な話も出て来てしまう。

『硫黄島からの手紙』という映画で主演した俳優も「原爆だけが戦争じゃない」と言い放ったが、そのような幼児のような理解ではなく「戦争と核兵器は区別して語ろう」と言っているだけだ。

私自身もナガサキにおける被爆者二世だから少しはわかるが「謝れ・謝るな」という話なのではない。核兵器の実相を知った上で、これからどんな未来を創るのか、というその一点だけが問題なのである。

ましてや原水協や原水禁などが安保関連法案と原発再稼働に絡めた政治利用しようとする見え見えの動きにはっきりと「No!」を言わなければならない。




核物質の恐怖は、事故や実験では世界のあちこちで起きているものの、何万人もの民間人が生活している都市部に兵器として攻撃したのは地球上にヒロシマとナガサキの2か所しかない。

そしてそれら攻撃の資料もまた、この2都市にしか残されていない。

花を手向けようがしまいがそんなことは問題ではなく、ましてや謝罪の必要もなく、誰と会う会わないの問題でもなく、どのようなコメントを残すかも重要なことではなく、ただ資料館の記憶を持ち帰ってくれたらそれで良いのである。

もっとも、ナガサキの原爆資料館にはキリスト教関連の被爆資料がたくさんあるので、アメリカ人にとったらヒロシマとはまた違った感想があるのかも知れない。

ただね、オバマさんの広島訪問に関して韓国人団体が「原爆投下に対する謝罪と賠償を」と叫んでいる。原水協のバックが共産党でしょ? 原水禁のバックが社民党や総連(民進党)でしょ? 「謝れ!」とのシュプレヒコールにキムチの匂いがするんだけど気のせいかな。



でもまぁ、どこの国家元首が来る前に、これら二つの資料館に足を運んだことがない日本国民がまだ少なくないんだよね。

修学旅行で遊園地やスキー場に行くような風潮は、きっと日教組が仕組んだことだと思うけど、そろそろ舵を切ろうや。

ねぇ皆さん。

もう一度念を押しておきますよ、私は被爆者二世です。謝ってもらうことより意味があるものがあるんです。




あしたプロがいない

孤児を扱ったあやしいドラマを作ったプロデューサーがスポンサーから嫌われたことがあったが、素浪人は絶好調である。

なぜ世界中の消費者が中国製品を嫌うのか。危険な成分の材料を次々と使って利益をあげようとするからだ。残留農薬にせよ、偽装材料にせよ、安全基準の無視にせよ。古タイヤで作ったタピオカなるものまで登場した。
なぜこうも中国人が作る物には偽物が続くのか。
それは中国の製造現場にプロがいないからである。

かつて毛沢東が大失敗をやった大躍進政策によって、中国の工業と農業は壊滅的な被害を受けた。
第二次世界大戦の終結後に蒋介石率いる国民党を駆逐した毛沢東は、ソ連の後に続こうとして米英の産業力を追い抜くために人民に過度のノルマを強いた。

しかし基礎的な工業の教育も受けておらず、近代農業の知識もない人民が何をやったか。

まず鉄鋼産業だが、原始的な溶鉱炉しかなく金属工学の知識を持った人材も不足する中で、製鉄の大増産という厳しいノルマがのしかかった。
燃料や原材料を運ぶ鉄道などのインフラ整備さえままならない状態で、木炭を主な燃料にしていた人民は山林の木々を大量に伐採しなければならなかった。

また石炭からコークスを得る必要がある場合も、コークス炉を設備していない中国は地上でそのまま石炭を焼くという方法をとったことから必要以上の石炭消費と大気汚染を引き起こした。つまり識者もいなければ設備もない状態で、ただ中央政府からの重いノルマが一方的にかけられたのである。

これは鉄鋼業に限った話であって、同様の失策が各方面でおこなわれた。医薬品でも、建材業界でも、食品業界でも、衣料業界でも。
これらと同じことは農業も同様だった。
とにかく生産量を増やせという命令で、近代農法も知らない人民が害虫・害鳥獣の一斉駆除と密集作付けをやったことから、予想もしなかった生態系の狂いと連作障害を引き起こしてしまった。
さらに鉄鋼製品の増産のために、農具や鍋釜などを拠出させたことから、農産物の生産能力は逆に低下した。

つまり毛沢東は、近代化するプロセスで必要になる教育というものを省いて、目先の果実だけを得ようとした。
これが大失敗に終わり、戦後中国の経済は大混乱に陥り、3~5000万人もの餓死者を出してしまった。
この「大躍進政策の失敗」と「文化大革命の失敗」を混同している人が少なくないが、どちらも毛沢東がやらかした失策ではあるものの個別の事件である。

つまり中国共産党は人民にプロ教育を施して来ていない。
中国人が先祖を通して知っていることは二つ、商売と原始的な農業だ。
「農民工」と呼ばれる地方の農村出身者は、適切な教育も受けないまま、ただ労働力があるというだけで都市部へやって来る。そして商売人のもとで単純労働を提供する。混ぜる者は混ぜるだけ。運ぶ者は一日中運ぶだけ。それが何になってゆくのかなど誰も知らないし知る必要もない。

中国は毛沢東の時代も現在も、本質的に何も変わっていない。
人民の労働力は無限であり、量が無限である限り質を引き上げる必要はない、と考えている。つまり教育はほったらかされていて、道徳とか常識とか人間性とかマナーとかを中国人に求めることが基本的にまちがいなのである。
何千年の歴史があるかは知らないが、人民が適切な教育を受けた歴史は一度たりともない。
今さらディズニーランドの花壇でウンコをするなと言う方が無茶なのだ。

プロが育っていないのが中国であり、育てる必要もなかったのだ。
幼児向けの玩具に鉛などの危険物質を使ったり、下水から回収した油を精製して食用油を作ったり、メチルアルコールで酒を作ったり、とにかく出鱈目なことしかしないのは、適切な教育がおこなわれていないことと、急速な経済発展によって拝金主義が過剰なまでに高まったことが原因している。

似たような状況にあるのは韓国も同じで、朝鮮戦争が休戦になった後から急速な経済発展を遂げたが、ここでも正しい教育を受けていない技術者らが欠陥品ばかりを造り続けた。いまだにロケットを飛ばせないのだから、北朝鮮との技術格差は開く一方だ。



ただ、笑ってばかりもいられないのが我が日本である。

あちこちの建設現場でクレーンが倒れ、トレーラーは横転し長距離バスは事故を起こす。電車はベビーカーを引きずり、医者は患者を死なせ、教員は生徒を自殺させ、介護士は入所者を投げ落とし、産廃業者はゴミになった加工食品を横流しする。
ソーラーパネルを屋根の上に取り付けてもらったところ雨漏りし始める。
シロアリ業者に見積もりを頼んだところ鉄骨住宅なのに「深刻な被害」と言われ、分譲マンションを買ったらドアが閉まらなくなり、自動車の燃費が偽装され、政治家はネットオークションに夢中になる。

ほら、どんどん中国に似て来ているではないか。
まず学歴社会から実力社会に脱皮する必要がある。
あいさつもできない大卒者を採用するくらいなら、即戦力の派遣社員が何倍もマシだということになって来る。
そしてこのことは霞が関の切実な問題になりつつある。試験勉強だけで官僚になった人材が、外交や財務などの政策に関わって来ると、国家的な危険を招く恐れさえも出てくることになる。

ほら、あの国この国から、どんどんプロが減っている。



皆さん、ご機嫌よう。







衰退の原因

中国と韓国両国の経済が破たん状態になっているという。

新聞テレビはともかくとして、ネットではこれらの話題が飛び交っている。

選挙がない中国では、必死にネット情報の検閲をおこなっているらしいが、中国人ほど海外進出をしている民族もいないので、外国で知りえた情報がとめどなく国内に流入していて、もはや打つ手がないと言う。

韓国はどうか。総選挙によって与党であるセヌリが大幅に議席を失った。平昌冬季五輪の準備会議の席に工事関係者が乱入して「給料を払え!」と騒いで世界中に恥をかいた。軍隊に支給された防弾チョッキが弾丸を貫通すると指摘され、消防士に支給された防火服に耐熱性がないことが判明した。もうめちゃくちゃだ。

この両国の経済危機は個別に見えるが、実は理由は共通している。賄賂の横行だ。
中国の軍隊も、韓国の政治家も、すべて賄賂によってまともな仕事を放棄している。
中国で作られたマック・ナゲットが大変な騒ぎを起こし、出来もしない原発をUAEに輸出契約した韓国はニッチもサッチも行かなくなっている。

これらは見事に共通していて「自分の仕事」を誰もまっとうしようとしていないからこそ起きてくる問題だ。
「自分の仕事」ではなく「自分のもうけ」だけを夢中になって追いかけている。

あるブログ主さんが、旅の途中で行ったお寺さんにあった言葉として『周りの人を幸せにする以外に自分が幸になる方法はない』というものを載せておられた。
確かに言えている言葉なのだが、これって日本人にしか通用しないかも知れない。少なくとも中国や韓国の政治家には意味不明で支離滅裂なものに聞こえるだろう。
なぜならば彼らにとっての幸せの基準とは、すなわち個人財産の多寡だからだ。

いやむしろ、自分の使命やプライドをカネで売り渡す日本人が増えて来てはいないだろうか。いわゆる「日本人の中韓化」だ。
だとすれば、やがて日本も現在の中韓両国と同じような道をたどることになるだろう。

就活とか婚活とか言ってるうちに日本人はどんどん小さくまとまってしまい、やがて政治家さえもが「セコイ」ことになって来た。

中国・韓国が、日本の将来像にしてはならない。
そのためにはまず何から始めるべきなのか。
資本主義よりも優先されるべき価値観を、教育現場が取り戻す必要があるように思えてならない。

報道ステーションに出ていた古館なにがしがいみじくも言った言葉。「テレビはプロレスだ」。
そのとーり。
本当のことを言っているフリをして、スポンサーが嫌う報道を避けている。それで広告宣伝費のおこぼれに預かっている。つまり間接的な賄賂だ。

ジャーナリストを自称するやからが、「知る権利」と声高に叫んでいるが、彼らの「知る権利」と庶民の「知る権利」は共通していない。
「電通がばら撒いた毒まんじゅう」をたらふく食べている連中だ。
このような不貞のやからを野放しにしていれば、やがて日本は中国・韓国になり果てるだろう。

日本は早く精密検査を受ける必要がありそうだ。






小さな権力

4月27日のツイッターに以下のようなつぶやきが載せられた。
「銀座でママに『人の本質を見たかったら、小さな権力持たせてみなさい』と教わったことを今になってふと思い出した。小物はつけ上がるからわかりやすい。」

思わず吹き出してしまった。人間の本質を簡潔に表している。
確かに「長」が付く役職に就くと態度を豹変させる者が少なくない。いやむしろ豹変しない者の方が少ないかもしれない。
社内の態度はもとより社外でも、やたらと名刺を配りたがるようになる。

本人は張り切っているのだろうことから、それがすべておかしいとは言わない。昇格することで、より業務の遂行を高めようともするだろう。
しかし気持ちと行動がバランスしない場合が出てくる。特にヒラから課長もしくは課長補佐になった時と、初めて取締役になった際に落とし穴にはまる人が少なくない。

階段の1段目と、踊り場だ。

行動を伴わないまま気持ちだけが「偉くなった」という突っ込んだ状態になると、周囲の鼻につくような醜態を見せることがある。
あるいは「先へ先へ」という気持ちとは逆に、行動が「後へ後へ」と後退する場合がある。

銀座のママ、つまり水商売の人たちは冷静な目で的確に評価しているのだろう。特に社会的地位が低く見られやすいホステスや運転手などに、高圧的な態度に出る者がいる。
これは男性だけではなく、部長夫人・社長夫人・PTA会長などといった女性にも当てはまることがある。

担任だった中学生の生徒を自殺させた広島の女性教員もいた。

人は少なからず地位を得ることによって気持ちが先行する場合がある。
その結果として「他人に厳しく自分に甘い」といった醜態を演じてしまい、しかもなかなかそのことに本人が気付かない。
周囲の誰もが気付いているのに、自分だけが気付かないことを「裸の王様」とも言う。




昨今、東京都知事の言動が連日のように報道されている。舛添氏の過去の発言や記載文にも矛盾点が多数見つかっていて、国会議員だった頃と、都知事になった後の二段構えで攻められている。十中八九逃げられないだろう。銀座のママ流に言うならば、彼は国会議員になった時点で「小さな権力」を手にしたのであって、その時すでに豹変していた。
代議士となり大臣となり党代表になり、その上で首都の知事におさまった。
本質が「小物」であればあるほど豹変は必然になってくる。

このことは「小泉チルドレン」とか「小沢ガールズ」などといった1年生議員にも言えることであって、階段の1段目を上がる際には十分すぎるほどの注意が必要になる。
それと踊り場、いわゆる党三役だったり入閣したりした場合だ。
民進党のガソリンおばさんは、このどちらにも当てはまる。

自民党は参院選をひかえているので、舛添氏の処遇は悩ましい。谷垣幹事長が激しく非難したが、自民党が舛添氏を切って捨てる覚悟があるかどうかは未知数だ。そこには森元総理の二枚舌が原因している。
都議会には百条委員会という手段があるものの、知事は議会の解散権を持っているので、都議会議員は議員選挙を覚悟の上で追及しなければならない。

つまり、舛添都知事が適任なのか不適任なのかはこの際問題の本質ではなく、参院選に与える影響はどっちなのか、都議会議員選挙を覚悟できるのかどうかといった打算の話に移っている。
都知事の人格がどうなのかは、すでにはっきりしている。

国民が幸福になるかどうかは二次的なことであって、政治家はまず選挙に勝たなければ何にもならないということだ。

ただし役人(官僚)は違うよ。地方公務員であれ国家公務員であれ試験に受かれば「人格」などどうでも良いことであって、しかも任期は基本的に定年までだ。
だから好き勝手がしやすい環境にあって、しかも「小さな権力」が横行している。
警察までが裏金を積み上げるのだから、舛添氏なんて珍しい話ではなさそうだ。






潮目は変わる

中国主導によるAIIBに参加しなかったという判断は正しかったの? 間違いだったの?

TPPはアメリカ議会に下駄を預けた状態になっているけど、これって結果的に良かったの? 悪かったの?

民主党政権時に進んだデフレが一応の収まりを見せたことは、先日のGDP集計値で明らかになった。これ、悪いこと?

東京オリンピック・パラリンピックの計画の疾患部分が次々と明らかになって来ていて、この流れは好都合なの? 不都合なの?

東芝や三菱自動車の不正が暴露されたことは、良いこと? 悪いこと?

舛添都知事の闇が明らかになって来ているのは、良いこと? 悪いこと?

台湾に新しい総統が就任するのは、日本にとって良いこと? 悪いこと?

高視聴率にあぐらをかいて来た放送局が最下位にのたうち回っていることは、良いこと? 悪いこと?

好感度ナンバーワンだったタレントが化けの皮をはがされたっての、良いこと? 悪いこと?

中国・韓国から引き揚げて来る企業が続出していることは、良いこと? 悪いこと?

新日鉄住金がポスコの株を売却するって、良いこと? 悪いこと?






数えればキリがないくらいに不都合なことがいっぱいある日本だけど、確実に回復傾向にある流れだということは子供にでもわかる話。

それもこれも、マスメディアの力配分が変わって来ていることが原因。

太平洋戦争時に国民を煽り続けたどこかの新聞は見る影もなくなったし、「日が昇る国」が復活する時代にようやくなりそうな気配がする。

併せて台湾の新時代も歓迎したい。





語るに落ちた民団代表

非常にわかりやすい話に出会ってしまった。

「在日本大韓民国民団」略して民団なのだが、いわゆる在日朝鮮人とは朝鮮総連系の朝鮮籍の者と民団系の韓国籍者とに二分されている。

日本が大東亜戦争に敗れたことから日韓併合が終了した。それはわかるとして、戦後の朝鮮半島は南北に分断された。つまり日本に残った、もしくは戦後日本に密入国した朝鮮人は北朝鮮か韓国かに分けられることになった。

だから北の総連に所属するのか南の民団に所属するかを選択する必要に駆られたわけだ。1965年の日韓国交正常化で韓国籍を取得しなかった者が朝鮮籍だと言うことができる。

しかしこの朝鮮籍の者つまり総連系の者が、日本における在留届けの際に韓国籍に変更した上で、日本人に帰化する事例が急速に増えてしまった。

なぜならば北朝鮮の国内事情が、日本にいるとつまびらかに報道されることから総連の縛りが利かなくなっているということだ。

工作員ならともかくとしても、一般人が朝鮮総連に義理を果たし続けることは事実上困難になってきている。

しかし朝鮮籍のままではなかなか日本への帰化は難しい。

そこで韓国籍という「バイパス」を利用するわけだ。




民団の中央本部団長は現在、呉公太(オ・ゴンテ)氏70歳なのだが、彼の年齢からしても推し量れる通り、在日2世である。

彼が言うには現在の在日韓国人のアイデンテティは多様化していて、すでに韓国語が話せなくなって来ている。このままでは民団としての活動を維持してゆくのが難しくなる、らしい。

それにも増して、韓国政府は納税や兵役の問題で在日韓国人に圧力をかけて来ている。

軍事と経済に苦しむ韓国政府は、背に腹は代えられない痛みを北朝鮮ではなく在日韓国人に押し付けて来ている格好になっている。

加えて日韓国交正常化以後に日本へやって来た「ニューカマー」の日本帰化者数が、すでに民団所属者数を上回っている。

あっちからもこっちからも圧力がかけられていて、民団は非常な危機感を持っているわけだ。

ひとつには1985年の日本の「国籍および戸籍法の改正」を受けて父親だけではなく母親が日本国籍だった場合はその子供も日本人と認めるという法改正がなされたことが民団員の減少に拍車をかけた。

これによって民団員の若年層が急激に減少することにつながった。

今後、韓国政府が兵役を盾にして在日韓国人への圧力を強めようとするならば、この民団員の減少化はさらに進むしかないという見通しが立っている。

2015年の集計で、在日韓国人(韓国籍者)が45万7千人、朝鮮籍者が3万4千人と出ている。

日本の公安当局も把握していることだが、朝鮮総連の関係者が故意に韓国籍に変更した上で日本への帰化を計画する事例が後を絶たないという。

そのことから、民団までもがいわれなき差別を受けていると主張しているが、誰が誰なのかわからない状態にしている点が朝鮮の悪賢い方法でもある。

こうやって日本国籍を取得した連中が次に何を企むかというと、それが組織票を利用した公職選挙なのである。

なぜ民進党(旧民主党)が安倍政権を集中攻撃するのか、なぜ民団からの政治資金を受け続けたのかといった疑問はここで解決することになる。

それはすでに何年も前からわかっていた話だったのだが、このような話を耳にすれば「はっ」とする人が少なくないだろう。

民団の呉団長がこのように語っている。

「言語は次世代教育で最も重要だが、韓国語が話せる在日同胞が年々減って来ている。韓国人学校は東京に1か所、大阪に2か所、京都に1か所あり、東京に第2韓国学校の開校を準備している」

ね、どこかで聞いたような話でしょ。

だから自民党からは、ケチ男を徹底的に非難してるんだけど、民進党からの反応が鈍くないかな・・・




そもそもあのケチ男は、自民党にケンカを売り過ぎた。

その理由が旧民主党と根っこを同じにしていたとなれば、日本国民がまんまと騙されていたことになりゃしませんかね~







前科前歴

そもそもこのケチ男が厚労大臣だった時に何をやったか。

このブログではさんざんしつこく言って来たが、子宮頸がんワクチンのサーバ○ックスを、公明党の松あ○らとグルになって優先承認し公費助成によって全国の少女に打たせようと画策した。

さらにはメキシコで流行した新型インフルエンザを利用して全国の病院にタミフルの備蓄を指示した。

この二つの医薬品の莫大な売り上げによって、天文学的な利益が発生したとされている。

サーバ○ックスは、ケチ男が大臣に就任した直後に承認手続きを開始させ、承認されたのはこの男が省を去った直後だった。

言ってみれば、サーバ○ックスを世に送り出すだけのために大臣になったようなものであり、その製造メーカーであるグラ○ソスミスクラインの顧問弁護士が松あ○らの夫だった。

そしてケチ男は自民党に砂をかけて逃げ出し、新党を立ち上げて政党助成金をせしめた。

その裏切り者が東京都知事に立候補すると、裏でつながっていた公明党が応援したのであって、原発反対派の小泉・細川が対抗馬に立ったからどうだこうだと言うのは間違いだ。

そうとでも言わなければ公明党の名を出さざるを得なくなって、ひいては松あ○らにたどり着いてしまうから、脅威でも何でもなかった小泉・細川を引き合いに出しているだけだ。田母神さんの応援に立ったデヴィ夫人がはっきり言っていたではないか。

S学会に遠慮するのはマスコミの常である。





ところがケチ男、何を勘違いしたか憲法改正を主張する安倍総理に反旗をひるがえし、カジノ法案に積極的だった菅官房長官に足払いをかけて来た。

つまり「自分は公明党のおかげで知事になれたのであって、自民党に借りはない」という信念があることになる。

ケチ男の妻がS学会の幹部だということは有名な話であって、湯河原の別荘も妻の実家だという。

松あ○らと組んでグラ○ソスミスクラインに膨大な利益をもたらしたリベートがS学会に回ったはずであり、その見返りが知事選への応援とS学会の組織票だったことになる。

サーバ○ックスに関してはその後重篤な副反応が全国から報告されてワクチン接種は推奨されなくなったが、ワクチン非接種の危険性(発がん率)を指摘しようとする「巻き返し」の動きが最近になって表れて来ている。

それがグラ○ソ社なのかS学会なのかはわからないものの、学会に渡ったであろう莫大な宗教献金を回収しようとする動きがあったとしても何も不思議ではない。





つまりあのケチ男の悪行は今に始まった話ではないということ。

健康だった少女たちが、不当に健康を害されていまだに不自由な生活を続けている現実を忘れてはいけない。

サーバ○ックスの薬害問題とケチ男のスイートルーム出張とは、根っこの部分でつながっているのだということを認識する必要がある。

カネ儲けになるならば、厚労省の役人に特定医薬品の優先承認を急がせる男なのである。他人の子供の健康などどうでも良いと考えているから、待機児童に使うより韓国人学校を優先しようとするのではないだろうか。

アンケートによれば、94%がケチ男に対して批判的なのに6%が好意的なんだとか。

この6%が何者なのかは言わずと知れたこと、自公の連立はいつまでもつのだろう。

いっそ「軽減税率」を安倍さんが放棄することで、公明党が出て行ってくれたらありがたいのだが。

おおさか維新の皆さん、出番ですよ。



ただし、ケチ男を排除することで誰の利益になるのかを良く考えて行動する必要がある。





待機児童の子供たち

今から30年ほど前のことである。

女房どのの同級生が保育園の保母さんをしていた。今で言えば保育士だろうか。

その友人がこぼす。「子供の扱いは問題ないのだが、最近の保護者がうるさくなっていて仕事がやりづらい」。

何かと権利を振りかざして、自分の子供だけを特別扱いしないと承知しないのだとか。しかも保育園だから、夜になっても迎えにこなかったりするらしい。

そんなものかと思って夫婦で聞いていたが、30年前の話なのだ。

最近になって「モンスター・ペアレント」という言葉が使われるようになったが、すでに30年前に保育園の保護者がモンスターなにがしになっていたらしい。

時代的にはバブル景気の最後頃であって、イケイケどんどんで、姉ちゃんらはディスコのお立ち台で踊り狂っていた頃だった。

働けば働くほど収入につながっていて、子供などは保育園や保育所・託児所などに預けてなんぼといった時代でもあった。

アッシー君だのミツグ君だのと言って、日本女性はこの世を謳歌していた時代だ。

あの頃から保育園は飽和状態になっていた。

女房殿の友人は言っていた。「子供は変わらないが、親は変わった」と。

今さら「待機児童」だと言われても、保育士が職場を放棄した理由は保護者たちが作ってきたのではないだろうか。

雑巾のようにボロボロになった保母さんらが少なくない。




いま、待機児童の問題が深刻になっているが、それは保育士の平均所得を増やすだけで良いのだろうか。

もっと根本的に日本社会が足元から変わる必要があるのではないだろうか。

少なくとも、民進党のガソリン議員に言われる筋合いはなさそうに思う。

数千万円の所得がある共産党議員にも言われたくはない。




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